私の部屋から離れ、忍びの草屋敷に到着すると、佐助さんはようやく降ろしてくれた。

どこか機嫌の悪いような表情を浮かべている。

何かを言おうと口を開いた瞬間、佐助さんは黙ったまま畳を指さす。

……この雰囲気は何となく分かる。説教タイムだ。

大人しく指さされた場所に正座をすると、佐助さんは私を叱るような口調で説教を始めた。


「…名前ちゃん、どういうつもり?」

「…どういうつもりって…普通に縁側にいただけなんですけど。」

「はぁ…ほんっと危機感がないよね。同盟国とはいえ、他国の男と2人きりでしかもあんなに寄り添ってちゃ駄目でしょうが。風来坊だったからまだ良かったものの、鬼の旦那だったりしたら間違いなく四国に攫われてたね。」

「あー…すみません?」

「…全然済まないと思ってないでしょ。加えて今朝から俺様と「付き合い」って奴を始めたんだから、その辺考えてよね。」


――佐助さんはそう言って私の頭をぐりぐりと強めに撫でた。

…痛いけれど、その抗議さえ許さないような威圧感がある。

…それでもどこか腑に落ちないところがあった私は口を開いた。


「あの、急にどうしたんですか?そんな祝言とか付き合いとか言い出して。もしかして帰れなかった時のことを考えているんですか?」


 私の言葉に佐助さんの頭を撫でる手は止まった。

…どうやら当たりだったようだ。

もしかして最初に会ったのは佐助さんだから責任をとってくれようとしていたのだろうか。

…変な所律儀だよね、この人。

私はそう思いながら、言葉を続けた。


「…心配しなくとも自分で見つけますよ、帰れなかった時の生き方は。多分、苦労はすると思うんですけど。どこかの女中さんとか、どこかの店番とか…あ、ここでそういう就職活動してもいいですよね。出来れば、協力してほしいです。」


――私がそう言った途端、一瞬佐助さんは泣きそうな顔をした。

…ような気がした。

その様子に驚いて瞬きをしてみると、いつものように呆れた表情をみせていた。

…気のせいだったのかな、さっきの顔は。


「女中に店番ね…名前ちゃんにこっちの世界の生き方に慣れるのは無理っぽそうだけど。」

「そんなのやってみないと分からないじゃないですか。試しにほら、忍びの皆さん専用の女中とかどうですか?才蔵さんとか鎌之介さんとかあと…海野さんとか。顔見知りの皆さんの中だったら、ちょっと失敗しても大事にはならなさそうですし。ほら、幼稚舎も行きやすいですし、一石二鳥というか。」


 捲し立ててみると、どこか思案したような表情を佐助さんは見せた。

…説得成功かな、これは。

まるで試験の時のような面持ちで佐助さんの答えを待っていると、思いの外色よい返事が聞けた。


「ん、分かった。旦那にはそう言っとくよ。」

「本当ですか!?」

「ホント、ホント。ちょいと旦那のところまで行ってくるから、名前ちゃんは館に戻っていいぜ。きっとそのまま任務に就くと思うからさ。」

「あー、分かりました。」


――私の返事を聞くと、婆娑羅で出した闇に溶けるように佐助さんは消えた。

…そういえばこれで付き合うとか祝言云々のお話は終わったのかな。

ふと素朴な疑問としてそう思ったのだが、あまり深くは考えない性質なので、何も考えないことにした。



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