名前が寝静まったのを確認すると、佐助は私に呼び掛けた。
…幼子の姿になっても、あのちゃらけた態度は変わらないんだな。
「……なぁ、かすが。おきてんだろ?」
「…あたりまえだ。」
「名前ちゃんのことだけどさ……あのこがこのよのにんげんじゃないのってしってるか?」
「ああ、けんしんさまからきいた。けんしんさまが「まことにきみょうなえんからかのじょはそんざいしています」とおっしゃられていた。」
「いつか…もとのせかいにかえっちまうときがくるんだろうな。」
「…きゆうだな。いま、そんなはなしをしてどうする。それに名前のはなしではもとのせかいではいちどしんだといっていたではないか。むこうにもどるというかのうせいはひくいとおもうが。」
…それに謙信様もそう言われた。
というのはアイツには伝えないでいたところ、しばらくアイツは思案した後、呟いた。
「…なら、いくさがおわってからのいばしょってのがひつようになるよな。」
「…きゅうになんだ。」
「いやさ、名前ちゃんのおかげできっといくさがもうすぐおわるときがくる。そのとき、おれたちはたこくのていさつってしごとがあるだろうけど、名前ちゃんはどうなのかとおもっちまってさ。」
「おまえがしんぱいせずとも、たけだかさなだがなんとかするだろう。どこかによめにでもだすんじゃないのか。」
――当たり前に予想できたことを呟いてみせると、アイツは言葉を詰まらせた。
…はぁ、アイツも私のことが言えないじゃないか。
完全にあれは名前に懸想している反応だ。
アイツに聞こえるよう溜息をついてみせる。
「ふまんがあるなら、おまえがいばしょをつくるといいだろう。」
「…そうだよね、うん、そうするわ。おれさまがもともとひろってきたんだし、そうするのがしぜんってやつだよな。」
…何だ。
自分が余計な事を言ってしまったと思ったのは気のせいだろうか。
その間にもアイツは眠っている名前の懐に潜り込んだ。
見ていられなくなった私は一足先に寝床を出ると、名前に接吻し、元の姿に戻って出立の支度を始めた。
「あれ、かすが。かえんの?」
「ああ、一刻も早く謙信様に報告せねばならないことが出来た。ここで油を売っていてもしょうがないからな。名前にはお前から伝えておいてくれ。」
「はいはいっと。いろいろとありがとな。」
――私はアイツに一瞥もくれずに縁側から越後へと旅立った。
――第十六話 「こどものじかんといばしょ」
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