――宴の夜が訪れ、躑躅ヶ崎館の女中さん達は忙しそうに館中を駆け回った。
それを羨ましそうに見ている私。
…何かお手伝いできないかな。
そう思って廊下に出ようとすると、首根っこを掴まれた。
…後ろを振り返ると佐助さんである。
…というか基本、私をこういう風に雑に扱うのは佐助さんしかいない。
何なのだという風に睨んでみせると、手元には着物が抱えられていた。
「名前ちゃんはこっち。今から宴に出る準備をしちまわねぇと。全く…俺様、今日は非番なのに。相変わらず人使い荒いんだから。」
「…え、私って宴に出るの?」
「はい、名前ちゃんじっとしててね。さっきの小袖より大分着込むから大人しくしててよ。…化粧も直す必要あるな。大分とれかかっちまってるし。」
私の疑問に一切答えずに佐助さんは着付けと化粧を施していく。
…さっきより大分大変だ、これ。
結構な時間がかかって出来上がったものを見ると、まるで別人のような私が映っていた。
…忍マジックですか。
仕上げと言わんばかりにさっき買った簪を挿し直すと、佐助さんに手を引かれ、宴の間に連れて行かれた。
襖を開けると、驚いたような表情の幸村さんと眩しいばかりの笑顔を向ける慶次さんがいた。
驚きの表情の幸村さんの手から杯の中の酒が零れ落ちる。
その幸村さんの口から出たのは失礼千万な物言いだった。
「…名前、まるで女子のように見えるぞ。」
「…今までも女子でしたが、何か。」
「そうだよ、幸村。何言ってんの。俺が最初、会った時も綺麗な格好で可愛い表情を浮かべて座っていたぜ。あん時はてっきり忍びの兄さんの好い人かと思っちまったんだけどよ…まさか武田の切り札だったとはな。」
「はぁ…あんまり言いふらさないでよ、前田の風来坊。アンタが外で言いふらしたら俺様は勿論、風魔もアンタを殺しに動かなきゃならなくなっちまうから。」
「相変わらず物騒な物言いするよな。なあ、名前。何とかなんねぇの、これ。」
「私に言われても…ね。」
「アンタだから言ってんだぜ。…もしかしてアンタ、分かってないのかい?」
「何がですか。それより私、飲めないんですけど。」
私の応えを聞いて、慶次さんが呆れたような表情を浮かべた。
…なにその佐助さんみたいな失礼なリアクションは。
付け加えるように言った私の言葉も聞いて、尚更残念そうな表情を慶次さんは浮かべた。
初対面からそういう表情をされるとさすがに傷つきますよ。
仕方なく柄杓を手に取り、お酌をする態勢をとった。
「飲めないですけど、話は聞きますよ。ほら、風来坊を名乗っているからには流離の旅の思い出とかあるでしょ。色々話してみてください。」
「いいのかい?じゃあ遠慮なく話させてもらうぜ。」
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bkm