夕食会が終わり、俺は片づけに専念する猿飛の方へ向かった。

名前は信玄公と真田と一緒に色々な話をしている。

従弟の政宗様の話から始まり、とりとめもない話はまだ終わりそうにない。

ここでなら話をしてもよさそうだ。


「…俺にもやらせてくれ。夕飯を馳走になったんだ。これぐらいしなきゃ、妹に示しがつかねぇ。」

「こりゃどうも、お義兄さん。」

「…テメェに「お義兄さん」と呼ばれる筋合いはねぇ!」


 俺をからかうように猿飛は憎たらしく笑いやがる。

…まったく茶化した態度も本音を見せようとしない姿勢も昔の奴のままだ。

いつまでも笑いやがる奴を小突いて、俺は話を始める。


「…お前は名前が昔の記憶がないのを知っているのか?ああやって節々は名前の記憶の断片が出てくるもんだが…本人は無意識だ。」

「うーん…全部ないわけではないと思うけど。少なくとも俺と旦那のことは「夢」という形で覚えているらしいし。」


――猿飛の話を聞いて、俺は言葉を失った。

正直、今まで名前の記憶はすっかりないものとばかり思っていたからだ。

呆然とする俺を置いて猿飛は話を続ける。


「何か、かすがに相談していたみたいなんだよね。夢で前世の記憶のことを見るって。それに登場するのは主に俺とか旦那みたいで、他はほとんど覚えてないってさ。現にかすがとは昔の記憶のないまま、友達になってるみたいだし。なぁ、右目の旦那…アンタもそのくち?」

「…ああ、そうだ。アイツに記憶がないことが分かった途端、俺と政宗様は「普通」の兄と従弟として名前を扱うことにした。まったく……10年以上も一緒に暮らしてきて、テメェらしか思い出さねぇなんてな。」

「俺様としちゃ、名前ちゃんの可愛い時期を10年以上もアンタと竜の旦那に見せてるってところが妬けるんだけど。しかも2年も避けられるとか、一瞬、アンタに言われてやってたんじゃないかって疑ったもんだね。」


 猿飛はそう言うと、俺を疑うような視線で見る。

…真田の忍だった頃と奴は全く変わっていない、そんな錯覚さえ覚えさせるような視線だった。

思わず昔の癖で構えると、猿飛はすぐに茶化したような態度で片手を振った。


「冗談、冗談。名前ちゃん独断でやったことだって知ってるし、右目の旦那達に危害を加えようとも思ってねぇよ。ただし、名前ちゃんが絡んでるんだとしたら、話は別だけど。」


 「名前ちゃんと付き合おうとしてたら、俺様勢い余って竜の旦那に怪我させちゃうかも」とか脅して嫌な笑みを浮かべる奴を見て、深々と溜息をついた。

奴が言っていることは強ち嘘ではないことは知っている。

2年もの間、名前に告白してきた奴が何らかの形で生傷を負っているのだ。

各々、異なる理由で怪我を負ったと聞くが、この男に関連していることはまず間違いないだろう。


「政宗様にそんな気はねぇよ。政宗様は記憶があるまま転生してきたことを存じて居られるから、テメェらにも記憶があることを見越している。故に、テメェと争う元凶になりそうな名前とは深く関わろうとはしなかった。政宗様はテメェらよりもずっと聡明だ。既に新しい人生を歩もうとされている。」

「ふーん…聡明ね。俺様、別に前の生に拘ってるわけじゃないんだけどねぇ…ただ、今生でも彼女に惚れちまった、それだけなのに。」


 猿飛がそう言った瞬間――名前が片づけを手伝いにこちらにやって来た。

何故か俺達2人を見て驚いている。「どうした?」と尋ねる間もなく、名前は口を開いた。


「小十佐……って私、今何思ったんだっけ。気のせいか心が暖かくなるようなそんな感覚が……。」

「名前ちゃん、それは思い出さなくていいから!というか思い出さないで!」

「…猿飛、どういうことだ?」

「右目の旦那も聞かないでくれる?あの単語は俺達にとって不名誉すぎる言葉なんだって。名前ちゃんは昔からそれが大好きで、俺様もほとほと困ったもんだったんだけど。」


 俺達に碌な説明もしないまま、猿飛は話を強制的に終わらせた。

最初から最後まで、名前は腑に落ちない顔をしていたのだった。





――第三話 「4月▲日」






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