押してばかりじゃだめだ。
たまには引いてみな。
と。
大人代表、原田組長に助言をいただき。
私はあれからしばらく、町で薫を見かけても声をかけることを我慢した。
本当にすぐに走っていって跳びつきたいけれど。
原田さんの教えを忠実に守った。
目が合っても声をかけないという修行のような内容は辛かったけれど。
あれから薫は男装・・いや、薫は男の子だから男装というのはおかしいけれど。
女装をすることをやめたみたい。
女装をしていないと私が跳びつけないとでも思っているのかもしれないけれど。
関係ありません。
千鶴からどうして薫がいいのかと何度も聞かれた。
正直言うと自分でもよくわからないんだ。
だって薫のこと何も知らない。
一目ぼれと言えばそうなんだろうけれど。
ここまで思いが高ぶるものなのだろうか?
だけど、本当にピンときたとしか言えないんだ。
もっと話したい。
もっと知りたい。
だから。
「見つけた!!!」
薫「?」
町を歩いていた薫を見つけ、駆け寄る。
うんうん。どうやら気付いてない。
「薫!」
薫「・・誰だ?」
「私だよ。名前。」
薫「・・・名前!?」
今日は非番。
ちゃんと女の子の格好をしてみた。
逃げられる前にちゃんと手首をつかむ。
薫「なっ・・はなせ!」
「いーや!今日こそちゃんとお話したいです!」
薫「俺は話すことなんてない!」
「・・・ま、いいからいいから。はい、そこの団子屋さんいきましょう。」
薫「何がいいんだよ!こら、はなせってば!」
普段、男の人達と鍛えている私をなめないでいただきたい。
薫がいくら手を振りほどこうとしても何が何でも放す気なんてなかった。
無理やり近くの団子屋さんへ引っ張り込んだ。
お店に入り、団子を注文すると諦めたのか、薫は逃げることをやめた。
「これで男女にはならないでしょう?」
薫「・・・・そうだな。」
「どうです?この格好??」
原田さんに選んでもらった着物なんだけど。
間違いないって一押しされたやつだけど大丈夫なのかな?
薫「・・・少なくとも男には見えない。」
「他に言い方あるでしょうよ。」
出された団子を頬張りながら薫を睨むように見た。
薫「お前・・変な奴だよな。」
「どこが?」
薫「それ、本気で言ってるのか?」
「はい。」
呆れた表情で薫がお茶を飲んだ。
薫「しばらく来なかったくせに・・。」
「え!?寂しかったですか!?」
ぼそりと呟くその言葉を聞き逃さなかった。
原田さんの助言はやっぱり確かなのか!?
薫「そんなわけあるか!・・なんで俺にこんなに話しかけてくるんだよ。」
「だって、嫁にもらいた・・。」
薫「俺は男だ。」
「・・うーん。恋仲になりたい?」
薫「なんで何も知らないくせにそういうことが言えるんだよ!?」
「なんでって・・。なんとなく。」
薫「なんとなく!?」
「一緒にいたいなーって思ったんです。薫のこと、もっと知りたいって。」
うん。
これは本心。
私がそう言うと薫は一瞬目を丸くして、でもすぐに睨みつけるような目になった。
薫「・・・ふざけるなよ。」
「え?」
薫「俺は鬼で。お前達人間が嫌いなんだよ。」
「知ってます。でも、お互いのことを知っていけば・・。」
薫「俺はお前みたいに簡単に近づいてくるやつは信用できない。どうせ平気で・・。」
「薫?」
薫「平気で裏切るくせに。」
薫の目が悲しかった。
人間のこと、本当に嫌いなんだ。
でも。
私を見てほしい。
人間って大きな括りじゃなくて。
私を。
「私はあなたを裏切ったりなんかしない。」
さらりと言葉がこぼれた。
薫「口ではなんでも言えるんだよ。お前は新選組の人間だろ?俺を捕まえなきゃいけないんじゃないのか?」
「薫が何もしなければ捕まえる必要もないじゃない。」
薫「俺は千鶴を連れていく。邪魔するならお前達を・・。」
薫はそう言いかけて、立ちあがった。
薫「もう俺にかまうなよ。」
お金を乱暴に置いていくと走るように去ってしまった。
あぁ。どうしたら。
君の心に近づけるんだろう?
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