いてもたってもいられなくて。
僕は携帯を取り出した。
着信履歴には他の女の子の名前ばかり。
名前を見てもすぐに顔も浮かばないのに。
古い発信履歴に名前の文字を見つけた。
ボタンを押す。
沖(でる・・かな?)
コール音が響く。
数秒が何時間にも感じた。
そもそも今は講義中だ。
着信拒否されているアナウンスが流れていないだけまだマシなのかもしれない。
沖(だめだよね。)
――総司?
沖「!?」
――講義さぼって何してんの。
名前の声だ。
しばらく聞いていなかったのに。
さっきまで聞いていたみたいに鮮明に覚えていた。
――もしもし?・・もしかして他の子と間違え・・
沖「名前・・。」
――総司?・・・もしかして・・泣いてる?
沖「え・・?」
言われて自分の目元に手をやれば、信じられないことに濡れていた。
講義中ともあって廊下にはほとんど人がいなかったが思わず端によって壁のほうを向いた。
――どうしたの?どこにいるの?
沖「・・A棟の・・一階。」
――ちょっとそこで待ってて。
ぷつんと通話が切られた。
僕は携帯をポケットにしまい、目元をごしごしと拭った。
泣いたのなんていつ以来だろう。
両親が死んだ時?
姉さんと離れた時?
なんで僕は泣いてるの。
「あれ〜総司??何してんの〜?」
声をかけてきたのは同じ学部の先輩だった。
見た目も中身も派手で声をかけてきたのも向こうだった。
僕の顔が好みとか言ってたっけ。
沖「・・いえ。別に。」
「ねえ、暇なら遊びいこうよ!奢るからさ。」
沖「いや・・あの・・。」
「どうしたの?総司、元気ないじゃん。お姉さんが慰めてあげようか?」
首に巻きつかれた手に寒気がした。
今までこんなことなかったのに。
上目づかいで見てくる顔も、一般的に綺麗と言われるんだろうけど嫌悪感しかない。
「総司・・・。」
後ろから声がした。
ずっとずっと聞きたかった声が。
思い切り振り向くと名前が立っていた。
カバンも何もない。多分講義をこっそりぬけてきたんだろう。
沖「名前・・。」
「・・・・何がしたいの。」
沖「え?」
「何かの嫌がらせ?」
沖「ち・・ちがう!」
名前は冷たい目でそれだけ言うと踵を返し講義室へ向かって歩き出してしまった。
僕は未だに首に絡みついたままの先輩の腕を振り払う。
ひどーいと声が聞こえたけれどそんなのどうでもよかった。
他の子なんてどうでもいい。
なのに。
君だけはだめなんだ。
沖「名前!待って!」
声をかけても振り向いてくれない。
手首を掴んで強引に振り向かせる。
沖「っ・・。」
名前の目にはいっぱい涙が溜まっていた。
一粒零れだすと次から次へと頬を伝って落ちていく。
「変わらないね・・総司は。」
沖「名前・・。」
「変わってほしいのに。」
沖「僕は・・。」
薫「離せよ。」
横から名前を掴んでいた手をひきはがされた。
いつの間にきたんだろう、南雲が立っている。
薫「名前、講義ぬけてどこ行ったかと思えば。」
「薫・・。」
薫「教授に気付かれたら面倒だぞ。ほら、戻ろう。」
そう言うと南雲は名前の手をとり、講義室へ歩き出す。
沖「待って!」
薫「これ以上、何かあるのか?」
名前を庇うように後ろへやり、南雲は僕を睨みつけた。
薫「もうこいつにかかわるなよ。」
沖「僕は。名前が好きだ。」
名前の目が大きく開いた。
南雲の眉間にしわがよる。
薫「・・行くぞ。名前。」
話すことはないと言わんばかりに南雲が歩き出した。引きずられるように名前も歩き出す。
沖「やっとわかったんだ。」
僕は走るように追いかけて名前の手を掴んだ。
沖「もう一度・・僕の隣にいてください。」
欲しかったものがわかった。
渇いていた理由がわかった。
欠けていたものがわかった。
少し変われるような気がした。
終
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