好きとか愛してるとか。
簡単にみんな言うじゃない。
そもそも好きに正しいも間違いもあるの?
そんなの誰も教えてくれなかったよ。
好きって言われたら誰でも嬉しいんじゃないの?
好きを受け入れて、好きと言葉にすればみんな僕のところに来てくれた。
それは間違っているの?
朝が来て大学に行く。
僕の毎日は変わらず流れる。
だけどあの日から一ヶ月。
僕の渇きは潤わない。
こんなに苦しいのはなんで?
「はい、総司。カフェオレ。」
沖「ありがとう。」
この子はどこの学部の子だったかな。
声をかけられて連絡をとるようになったのは半年ぐらい前だっけ?
見た目は派手じゃないけど随分と頭の軽い子だった。
「甘いの好きだよねー総司。」
沖「まあね。」
コーヒーはブラック派なんだけどね。僕は。
確かに甘いものは好きだけど。
『はい、総司。』
沖『ありがとう!』
まだ名前と付き合う前。
講義の前に彼女がコーヒーを買ってきてくれたことがあった。
『ブラックだよね?』
沖『よくわかったね??』
『総司甘いもの好きだけど、コーヒーはいつもブラック買ってるじゃん。』
驚いた。
いつも僕に買ってきてくれた子はそんなこと全く気付いてくれなかったのに。
名前は。
僕のことちゃんと見てくれていたんだ。
「総司?私講義あるから行くね。また後でね!」
目の前にいた女の子の声で我に返るとその子はパタパタと走っていった。
僕も次は講義がある。
重い足をひきずるように移動するといきなり声をかけられた。
薫「お前そのひどい顔どうにかならないわけ?」
沖「・・南雲。」
クラスメイトとはいえ特別仲がいいわけではない彼に声をかけられるのは初めてかもしれない。
名前とは仲が良くていつも一緒にいたのを見ていたけど。
薫「ほんとひでえ顔。よく女がよってくるな。」
確かに僕は少し痩せた。
なんだか食欲もなくてあまり食べないから顔色も悪いんだろう。
薫「その顔の原因。心当たりないのかよ。」
無愛想に言葉を続ける彼と並んで講義室に向かう形になる。
一応心配してくれてるってこと?
女の子達でも気がつかないというのにね。
僕の体調なんて。
薫「俺は名前が好きだ。」
沖「!?」
こちらをちらりとも見ず、ただ前を向いて歩く彼に思わず足を止めてしまった。
すると彼も足を止めて僕の方を振り向いた。
周りにはたくさん生徒が歩き回っているというのに。
まるで僕達以外誰もいないかのように何の音も耳に入らなかった。
薫「お前さ、自分から付き合おうとか言ったの初めてだったんじゃないの?」
沖「え?」
薫「自覚ないのかもしれないけど、あいつは他の奴と違ったんじゃないの?」
沖「・・。」
薫「今のお前のやり方じゃ、一生幸せになんてなれない。」
沖「!?」
薫「あいつは俺がもらう。それが言いたかっただけ。」
そう言うと彼はまたすたすたと歩き出してしまった。
僕は歩き出すこともできないまま。
講義開始のチャイムの音を廊下で立ちつくして聞いていた。
「総司〜。ごめん、デートキャンセル!」
どれぐらい立ちつくしてたんだろう。
パタパタと走り寄ってきた子に肩を叩かれるまで意識がとんでいた。
振り向くとさっき話していた女の子。
「ごめんねー。今狙ってる子から連絡あってさ!チャンスだし、いってくる!!またね、総司。」
沖「・・。」
僕が返事をするよりも早く、彼女は走り去っていった。
別になんともない。
こんなことが何度あっても、僕の心はなんともないのに。
頭をよぎるのはあの日から名前のことばかり。
――自覚ないかもしれないけど、あいつは他の奴と違ったんじゃないの?
南雲に言われた言葉が離れない。
そういえば。
名前とは簡単にキスとかしなかった。
彼女がそういうことを望む子じゃないのもわかっていたし。僕もそんなことをしようなんて思っていなかった。
一緒にいて楽しくて、よく笑えて。
付き合おうって言葉も自然と口からでていた。
名前は他の人のところへ帰ることもなかった。
僕だけに好きと言ってくれて。
それで心があったかくなって。
自分から好意を伝えたのは初めてだったのに。
僕はそんなことにも気がつかないまま。
ずっとずっと欠けていたんだ。
ずっとずっと渇いていたんだ。
欲しくて欲しくてたまらないのに。
何が欲しいのかずっとわからなかった。
やっと手にしたはずなのに。
気がつかなくて。
僕はこの手で。
沖「捨てちゃったんだ。」
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