部活に誕生日なんて関係ない。
というか誕生日なんて周りのアクションが無かったらいつもと何も変わらない。

学校に行って、朝練をして、授業を受けて、部活をして、帰って、寝る。
いつも通りの生活の中で、友達からのメールやメッセ、プレゼントや遊びに行ったりして初めて誕生日なんだなあ、って実感する。

嬉しい事に今日の0時をピークに私のケータイには沢山のメールやメッセが来て、幸せな誕生日を過ごしてる。
だけど朝練はある。放課後の部活もある。
部活は嫌いじゃない。むしろ好きだ。
だけど只今午前7時15分、教室前廊下。

「今日くらい寝かしてよ…」

くぁ、と誰もいないのを良い事にあくびをして教室へ向かう。
教室に忘れてきた部活用バッグを取りに行く為だ。

「いぇーい、一番のり……じゃ…ない」

馬鹿っぽい声を出して入った教室にはもう人がいた。
しかもただのクラスメートじゃない。

しゃんと伸びた背筋、朝の陽を浴びてふわりと光る濃紺の髪、すっと通った鼻筋に、ピアニストみたいな綺麗な手の中に収まる文庫本。
こんなに美しい人、一人しか知らない。

「さ、さ斎藤君、おはよ…う、ございます。」

「ああ、おはよう。」

片想い相手だった。

目ぇ覚めた。ばっちり目ぇ覚めた。もう寿命縮まるくらい目ぇ覚めた。ついでに心臓がオーバーワークだ。
平静を装いながらも心中穏やかなはずがない。
もう、ああぁあぁとかヤバい!!とかそんな事ばかりを脳が叫んでる。
落ち着け私!

斎藤君とは反対方向を向いて、三度深呼吸をしてみる。
ゆっくり、落ち着け私、緊張するな。
脳に酸素が行き届いたおかげかは分からないけれど、私の頭の中に新しい考えが浮かんだ。

そうだ、これは神様から日頃斎藤君と接点の無い私への誕生日プレゼントなんだ。
神様がくれたチャンスなんだ。
神様が折角くれた好機、絶対に逃したくない。私はそう思って斎藤君に話し掛けた。

「さ、斎藤君、早いね!本読んでたの?」

「ああ。風紀委員の服装検査をするにはまだ些か早いからな。一番のりにさせてやれなくてすまなかった。」

「いいよいいよ!寧ろ誰もいない教室ってなんだか寂しいから。斎藤君がいてくれて嬉しかった!」

「そ、そうか…」

「"セグウェイの森"?む、難しそうな本だね!私も現代文の成績上げたいから、本は読むようにしてるんだけど、どうしても途中で寝ちゃうの。駄目だよね〜!
"セグウェイの森"かぁ…。でもね、セグウェイってコンクリートの上でしか走れないでしょ?
だから森っていっても結構整備されてると思うな。
あ!でもクマとかタヌキとかがセグウェイ乗り回してるのとか結構可愛いかも…。
斎藤君はセグ「名前、」

「ななななに!?」

「セグウェイではない。ノルウェイだ。」

「セグウェイに乗るウェイ?素敵な語尾だね!私も使ってみようかな…。あ、使ってみるウェイ!」

「名前。」

「はいぃいぃっ!!」

名前を呼ばれて慌てて見た斎藤君の表情は、今まで見た中でも一番綺麗だった。

「セグウェイから離れたらどうだ?」

可笑しそうに私と本を見比べて笑う斎藤君。
なんて綺麗に笑う人なんだろう…。
優しくて、穏やかで、温かい笑みを見たら、息が出来なくなるくらい胸が痛んだ。
嗚呼、こんな顔もするんだなあ。

「…名前?」

「………あっ!や、えっ!あの!あっ!ノルウェイだね!あはは!」

「ノルウェイとセグウェイを間違うとはな。少し韻を踏んでいるから尚の事可笑しい。」

褒められてるのか、呆れられているのか分からなくて、とりあえずありがとうと言うと、斎藤君は胸がくすぐったくなるような柔らかい笑顔を見せた。

空回りしっ放しだったし、馬鹿な所しか見せれなかったけれど、斎藤君と話せたし何より斎藤君が笑ってくれた!
これは友達に報告だな、なんて高揚しながらバッグの持ち手をぎゅうと握ると、斎藤君が私を呼んだ。

「そうだ名前。」

「なにっ?」

風紀委員がこれをしては本末転倒なのだが、と言いながら斎藤君は机の横にかけてあった紙袋を私に渡す。

中には、…ポテチ。私の大好きな薄塩味の。

「…斎藤君、これ、」

「誕生日おめでとう。」

「………………へっ?」

「ま、間違っていたか?」

「ち、違わないよ!今日私の誕生日!だけど、どうして知ってるの……?」

そう聞くと、斎藤君はピタッと固まって、目を見開いた。
頬もちょっと赤くなってきてる。
比例して私の頬も赤く、心臓もバクバクと高鳴り始める。

「…4月に、自己紹介シートを書いただろう?
それに書いてあったのを参考にした。誕生日も、好きな食べ物も。」

そういや"ポテチの薄塩がないと生きてけない!"とか書いた気がする…。

「…クラス全員の誕生日と好きな食べ物把握してるの?」

「いや、そこまで記憶力は良くない。」

「なら、どうして…?」

「あんたは特別だ。」

「え?」

「あんた、…名前だけを見ていた。好きだ。」

吹くはずもないのに、私の横を風が通り過ぎた気がした。

「…ッ!?」

胸がぎゅうと痛み、頬が熱く熱くなってゆく。
自分の身体なのに全然言う事きかなくて、心臓の音がどんどん大きくなる。

「う、うそだ」

「嘘と思うなら名前が信じるまで何度でも言おう。」

斎藤君が立ち上がり、茫然と立ち尽くしている私の横に立ち、口を私の耳元へ寄せた。

「好きだ、名前。誕生日おめでとう。」

本当はもっとちゃんとした物を渡したかったのだが…、なんて斎藤君が呟いているのなんか全然聞こえない。

いつもと同じ、誠実で凜としていて、いつもよりも優しくて温かい斎藤君が顔を赤らめて私に微笑み掛ける。

…嗚呼、神様。今年の誕生日、とんでもなさすぎるんですけど、どうしたらいいですか…?

とりあえず私は目の前の幸せに抱き着きたくなる衝動を抑える事が出来なかった。





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