レジャーシートにごろんと転がって降り注ぐ太陽
の陽が眩しくて翳した手でそれを避けた。

目の前に広がる青い空の所為で聴覚が鋭くなっているのか回りではしゃぐ子供たちの声やボールを蹴ったりする音に長閑な昼下がり、

呑気に鼻歌なんかが漏れだした私の視界にひょっこり顔を出した人物に勝手に緩んでいく頬。
太陽の陽を背中に浴びて当たり前のように伸びてきた手に顔が綻んだのが自分でもわかった。







その手、取ります









「みゃあー?みゃあー?おーい、どこー?」



何時もみたいに呼び名を呼んでも一向に出てくる気配がない。
そろそろここら辺からひょっこり出てきてもいいのにな、声は出さずに何時も出てくるツツジの木の下を覗き込んだ。

「「おわっ!/きゃっ!」」


腰を屈めて茂みを覗きこみながら後ろに少しずれるとドンッとお尻に何かぶつかって少し前のめりになった私は勢い余って前に膝を付くかたちで転んでしまった。
私の驚いた声とは別の声は女の私より低くて、ぶつかった人は男の人だと顔をしかめた。

「お、おいっ!大丈夫かあ!」

なんて慌てた声が聞こえてきたと思うと背後から回り込んできて目の前にしゃがむ声の主。
逆光の所為で少し目を細めてその人の顔に焦点を合わせるとすまなそうに眉毛を下げて困り顔だ。

「大丈夫、です」

「ごめんな、」

そう言って申し訳なさげに手を差し出してきてその手を取るか迷っていると、早くと言いたげにその手を此方へずいっと近づけてきた。
仕方なくその手を掴むと同時に引き上げてくれた力は目の前の小柄で人が良さそうな彼から想像できなくて、

「「あ、」」

また二人の声が重なったのは繋がった手が泥まみれだと気付いたからで、今度は私が頭を下げると"俺のせいだし謝んないでくれ"と言って申し訳ないと言わんばかりにしゅんと肩を落とした姿が可愛くて何故か胸がきゅんとしてしまった。

「怪我、ないか?」

「はい、大丈夫です。」

そんな私の心情なんて知らない目の前の彼はそう聞くとホッとしたよう"良かった、"と言って優しく人懐っこい笑顔をくれた。





「なに泥遊びでもしてきたの?」

「…」

「僕も混ぜてくれても良かったのに、残念」

トイレに行こうと廊下を歩いてると気まぐれで長い付き合いなのに、いまいち掴みきれていない同僚の沖田君に遭遇してしまった。
弧を描いた口許で楽しそうな沖田君に出そうになる溜め息を飲み込んだ。
そう言われても無理は無い、ぬかるんで居た所に膝もついてしまったからストッキングまで泥だらけなのだ。
先ほどの出来事を想起して沖田君に絡まれる原因を作った彼の顔が頭に過って少し速くなった心臓に戸惑ってしまう。

「ねぇ、無視?」

沖田君そっちのけで先ほどの彼のことを思い出していた私の返事が遅いことに少し不機嫌な口調の彼の問で現実に戻ると小さく溜め息を吐いた。

「これ、楽しそうに見える?」

そう言って少し乾いた褐色の足を指すとくすくすと笑った沖田くんは「んー、仕事しないで泥遊びできるなら悪くないんじゃない?」なんて言い捨ててひらひらと手を振りな
がら脇を過ぎていった。

「もう、ほんっと、子供みたいなんだから」

そう一人ごちてからトイレでストッキングを履き替えると午後の仕事へと戻った。

昼に姿を現さなかったから心配になり定時で上がれた私は日が傾いた会社近くの公園へと足を運ぶと遊歩道から少しずれた木々が生い茂る目的地の場所へと向かって先客が居たことに大きく目を見開いた。
だって、昼間の彼だったから。
そんなに大きくない背中に栗毛色の髪の毛は間違いない、昼間の彼だ。
背を向けてしゃがんでいた為に私の存在に気づいていないのか、がさがさと袋から何かを出す音を立てて「腹減ってるだろ」なんて至極優しく語りかける声がする。

「、あ、あの…」

「へ?」

相手は気づいてないのだから知らぬ顔をしてこの場から立ち去ることも出来たのにその人の背に声をかけた私の言葉で振り向いた彼は大きな瞳をまた大きく見開いた。

「あ、昼の…、落とし物かなんかか?」

「え、っと…」

「ん?それ、」

なんて答えようかと考えあぐねていた私の手に持って居るものに視線を下げた彼はまたまた大きな瞳を見開いた。

「おまえも、この猫に?」

私の手元に持った猫の缶詰を見てからしゃがんだ身体を少しずらして彼の身体で見えなかった物体、私の探していた猫と彼があげたであろう缶詰が視界に飛び込んできた。

「みゃあ!」

「みゃあ?」

「あ、えっと、」

「こいつの名前か?」

なんてネーミングセンスが無いんだと自分でも自覚している。
猫の名にその鳴き声の"みゃあ"なんてなんの捻りもない名を付けたんだ。
でもね、考え抜いてつけちゃったらきっと情が移って飼い主を探すのに辛くなっちゃうから、仕方ないじゃない。
少し後悔したベタなネーミングに心の中で言い訳をして頷いた。

「そっか、おまえ名前有ったんだな!よろしくな、みゃあ」

視線を目の前に戻して優しく頭を撫でる彼の声がとっても心地よくて自然と足が彼の隣へと向かってしゃがむと此方を見て少しだけ開いた大きな瞳と合うと何故か自然と頬が緩んだ。
きっと彼の人懐っこい笑顔が私の中の警戒心をすっかり解いたんだと思う。
だって本当に人が良さそうに笑うんだもん。
それから探していた猫のみゃあの背中を撫でた私は、みゃあと彼…と私の、なんだか心地が良いと感じるこの空間に胸に広がる暖かくてくすぐったい気持ちを感じた。



「へーすけくん!」

「おー、名前!」

そう言って手を降るとにかっと笑った彼の手から飛び降りた"みゃあ"が此方へと走ってきた。

「さて、移動するか」

「待たせちゃった?ごめんね」

「今来たばっかだから気にすんな」

みゃあが何時も居る公園の茂みから散歩道になっている石畳まで歩いて屋根が付いているベンチへと腰かけた。

「疲れた顔してるな?」

「うーん、最近仕事忙しくて」

「貴重な昼休みなのに毎日大変じゃないか?」

「へーき。みゃあ見ないと調子でないんだよね」

足元でキャットフードを食べるみゃあに視線を落として微笑むと、コンビニのオニギリを頬張っていた平助君も「あー、わかる!俺もそーだ!」っといって笑った。
この公園の茂みに段ボール箱に捨てられて居たみゃあを見つけたのは初めて平助君と出会ったちょっと前。
賃貸の家では飼うことも出来ないしそうかといって見て見ぬふりなんてのも出来なかった私は、毎日キャットフードを持って様子を見に来ていたのだ。
平助君も同じだったらしくて偶々あの日に鉢合わせしてからこうして様子を見ながらお昼を食べている。

「あ、」

「あー、また行っちまったな」

「ほんと気まぐれだね」

そう言って隣の平助君に笑いかけると目元が赤くなった平助君は目を泳がせて「だ、だな」なんて言葉を詰まらせて頷いた。
最近よく平助君はこんな顔をするんだ。
首を傾げてみゃあが姿を消えた方に視線を戻した。何時も食べ終わると何処かへと歩いて消えてしまうんだけどまた翌日のお昼には私達の前へと顔を出す。
気まぐれな所は沖田君に似てるなあ〜なんて呑気なことを考えながらお昼のこの時間を大切にしたいなとサンドイッチをかじった。


タオルで頭を拭きながらカーテンを少し開けると視界に暗がりが映って窓に当たって五月蝿い雨音を立てるそこを見た。
課の飲み会で遅い帰宅をしたときには降っていなかったそれはシャワーを浴びている間に強くなったみたいだ。

「みゃあ、大丈夫かな」

いつもあの場所に居るわけでは無いだろうし雨が降っていれば何処かへと行くだろうけど。
気になって仕方なくなってしまった私はドライヤーで髪を乾かして着替えるとあまり飲まなくて良かったとすっかり酔いが覚めた身体で慌てて部屋を出た。


家を出たときよりも雨足が強くなって前から吹き付ける風にのってくる雨に自然と傘を前に押し出して差していた為に、どんっと肩がぶつかってぶれた傘が誰かと当たってしまったことを知らせていた。
こんな時間に公園内で人と会うことを想定していなくて怖くなって動揺してしまうが、無視などできない状況に小さく謝罪を述べた。

「す、すみません」

「、名前?」

「…平助君、?」


咄嗟に腰をおって謝った所為でその人の顔は見ていなかったけれど、私の名を紡いだ声が聞き慣れた平助君だと告げた。

「おまえ、こんな時間にどーしたんだよ」

「否、みゃあが気になっちゃって、」

そう言って顔を挙げて平助君の顔を見ようとすると彼の腕に抱かれたみゃあが目に入った。

「みゃあ!」

「みゃあじゃねーだろ、こんな夜中に女一人で歩いてたらあぶねぇし。気になんのはわかんけど…」

言葉につまった平助君もきっと私と同じ気持ちでここに来たのだろう、その手には大事にみゃあが抱かれているのだから。

確かに深夜0時を回っていたけれど此処までタクシーで来たからそんなに危ないこともないと思っていた私は、確かにぶつかった相手が平助君じゃなかったらと思うと少し怖くなった。
黙り込んだ私を見ていた平助君は不意に片手でみゃあと傘の柄を持って私の腕を掴んだ。

「危ねぇし、一先ず俺んち来るか?すぐ近くだし」

そういった平助君の顔はポツポツと間の空いた街灯で薄暗い周りと斜め後ろを歩いている私には読み取ることが出来なくて、ただ平助君に捕まれた熱を持っている腕を見詰めるしか出来なかった。


「雨降るたびにこれじゃ困るよな」

平助君の部屋のラグの上に座って渡されたタオルで濡れた腕を拭いていると、私の隣で胡座をかいた足の真ん中に乗せたみゃあを拭いている平助君が口を開いた。

「そうだよね、この子も決まったおうちが欲しいだろうしね」

里親を探さなかったわけでない。
というか最初は…
平助君に出会う前までは知り合いに聞いたり必至に探していたんだ。
だけど里親が見つかってしまったら唯一一緒に居ることのできるお昼の時間が無くなってしまうことに、みゃあへの罪悪感を感じながらもそれを止めてしまっていた。
濡れた毛でいつもより小さくなった平助君に抱かれているみゃあに、ごめんねと謝罪を心の中で呟いて明日からは本気で飼ってくれる人を探そうと心に決めた。

「…ペット飼えるとこ、引っ越すかな」

「えっ、平助くんだけに負担させられないよ、私だって面倒みてたんだし、」

「じゃ、おまえも一緒に住むか!」

「えっ?」

「あ、いや、えっと…今のなし!聞かなかったことにしてくれ」

真っ赤になりながらしどろもどろの平助君。


「嬉しかったのに…」

「えっ、」

「その、みぁと…平助君と暮らせたら、!」

最後まで云わせてもらえなった私は平助君の腕の中にいる。
さっきまでその腕に抱かれていたみゃあは彼の側で丸くなってこちらを見ると「みゃあ」と鳴いて私の足にすり寄った。







レジャーシートにごろんと転がって降り注ぐ太陽
の陽が眩しくて翳した手でそれを避けた。

目の前に広がる青い空の所為で聴覚が鋭くなっているのか回りではしゃぐ子供たちの声やボールを蹴ったりする音に長閑な昼下がり、


呑気に鼻歌なんかが漏れだした私の視界にひょっこり顔を出した人物に勝手に緩んでいく頬。
太陽の陽を背中に浴びて当たり前のように伸びてきた手に顔が綻んだのが自分でもわかった。

その手に手を伸ばすと優しく掴んでごろんと隣へと転がると指を絡ませて所謂恋人繋ぎという物に変えた私の彼。

「えへへ、平助君の手あったかい」

「名前の手は冷たくてきもちーな」

そう言って此方を見た平助君は目元をほんのり染めて「その笑顔かわいすぎるから、」とはにかんだ。

彼のお腹の上で「みゃあ」と鳴くその子が繋いでくれた平助君との絆に感謝して優しく撫でると気持ちよさげにまた「みゃあ」と鳴いた。




end



→まる様


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