「総司さんの馬鹿!もう知りません!」

「ふん、名前ちゃんに馬鹿なんて言われたくないね」



名前の悲痛な叫び声が屯所に響き渡ったのは、隊士達が朝起きて稽古をして朝餉を済ませ各自仕事をし始めていた朝四ツ頃のことだった。

事の発端は、今日は非番の沖田と斎藤、夜番の藤堂と原田と永倉が広間に集まって話していた会話の内容にある。



『やっぱり女は尻が重要だろ。尻のデカイ女はいい』

『まったくだ!女の色気は尻にすべてつまってるぜ!』

『あんた達は朝からなんの話をしている…。そんなことを話している暇があるなら隊士に稽古の一つや二つ…』

『いいんじゃない、この人達のお馬鹿は今に始まったことじゃないんだし。はじめくんも固いなぁ』

『誰がお馬鹿だよ。でもやっぱ総司も尻がいいの?俺は全体的に小さい子がいいと思うけどなぁ』



本当に斎藤の言うとおり、朝には似つかわしくない会話を繰り広げる面々。

斎藤は小さくため息を零すと同時に付き合ってられんと腕を組んで目を瞑った。

沖田はと言えば、くだらないと思っていながらも話しに付き合う気はあるようで、『そうだなぁ』なんて意味ありげな笑みを浮かべている。



『やっぱり抱き心地がいい子はいいよね、女の子らしくてさ』

『んじゃ総司も尻はでかいほうがいいんだな?』

『基本的にはね。例外もあるけどさ』



これまた意味深なことを言う沖田に、例外ってなんだよと面々は深入りする。

そこでだった。沖田達のいる広間の襖がガタンッと揺れたのは。



誰かいるのと沖田が問いかければ襖の奥には返事がなく、藤堂が立ちあがって襖を開く。

そこにいたのは人数分の湯飲みを乗せたお盆を持った名前だったというわけだ。

女にそんな話を聞かれたことに藤堂と永倉は戸惑い、斎藤は何食わぬ顔。原田は笑顔で名前を歓迎する。

けれど現れて早々、どうしてか表情の暗い名前。

その理由は、



『総司さんは…お尻の大きな女性が好きなんですか』

『なに、聞いてたの?まぁどちらかと言えばって感じかなぁ』

『お、おい総司…。名前にする話じゃないだろ』

『じゃあどうして…わたしを好きだと言っていたのは嘘なんですか?』

『嘘じゃないよ、きみのことはちゃんと好き』

『でもわたしはお尻がないじゃないですか!』

『いや、尻は誰にでもあるだろう』



気まずく止めに入る藤堂に、冷静に訂正する斎藤。

だが、徐々に二人の会話に熱が入って行くのは誰の目から見ても明らかだった。



『だから、名前ちゃんは別だってば』

『嘘!本当は好みじゃないのに身近にいる女だからって理由で好きだなんて言ったのよ!』

『しつこいなぁ、どうしてそんなにお尻にこだわるのさ』

『お尻にこだわってるのは総司さんのほうじゃありませんか!』



年若い男女がお尻という単語を連発して口論して、その場は混沌とし始めた。

当事者である彼らは二人を宥めようと焦ったりしているのだが、第三者がその会話を聞けば、きっと涙を流して笑い転げることだろう。



と、ここで現在に至るわけだが。



「総司さんの馬鹿!もう知りません!」

「ふん、名前ちゃんに馬鹿なんて言われたくないね」



好きだ、好きじゃないなんて会話を繰り返す二人は勿論恋仲というやつだ。

名前は沖田に捨て台詞を吐き捨てると、涙を流しながらその場を出て行く。



「あーあ…総司泣かした」

「総司、女を泣かせるなんざ、男の風上にも置けねぇぞ」

「そーだそーだ」

「誰のせいだと思ってるのさ」

「……(ズズズッ)」



その場に残された五人の反応は様々。

もう会話に加わる気が全くないのか、斎藤は名前の持って来たお茶を啜る。

三馬鹿はさっきまでは苦笑いを浮かべながら宥めていたのというのに、今は沖田をからかって楽しそうという有様だ。

沖田はそんな三人に苛々しながら明後日の方向を見る。



「謝ったほうがいいんじゃねぇの?」

「だな。やっぱ尻は小さいほうがいいとか言っておいたほうがいいぜ?」

「名前は細くて小さいからな。触れられたくないところだったんだろーぜ?」

「いやだからさ、僕は名前ちゃんのお尻については何も触れてないから」



とは言っても、なんだかんだで泣いて去った名前が気になる沖田は、三人の話に耳を傾ける。

名前を泣かせるつもりなど少しもなかった沖田は後悔していた。

探して来ようかなと沖田が立ち上がれば、三人はにやりと笑いながら手を振る。



「頑張れよー」

「どんなにでかい尻よりも名前の尻が好きだーって言ってこいよ」

「新八さん、斬るよ」

「じょ、冗談だっつーの!」



見送られ廊下に出た沖田はため息を吐く。

本当は知っていたのだ。襖の向こうに名前がいたことを。

ならどうして名前が気にしそうと分かっていながらもそんなことを言ったのかと言えば、察しは付くだろうがそれは沖田の性格だ。

少しからかってやろうと思っていただけなのに傷つけてしまい、悪いと思っていながらも素直になれない自分に対してのため息。



「本当に好き、なのにな…」


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