武道場に活気在る声が上がる。

『一本!藤堂!』

審判役の土方先生の声で、面を取ってお辞儀をする、平助くんと後輩。
私は、思い切り万歳をしたい手を必死に握り彼の勝利を噛み締めた。





怖がりも悪くない―





『平助君お疲れ様!』

「おう、名前、ありがとな」

お茶の入ったコップを差し出すと、にこにこと笑って受け取ってくれた。
試合をしていた後輩には、先に素早く渡し終えて、私はお目当ての平助くんへと声を掛けた。

『平助君、合宿来て調子いいね?』

「ん?そうか?何時もと変わんねぇと思うけどなぁ」

照れたように、頭を掻きながら笑う平助君。
私達剣道部は、一時間掛けて夏合宿に来ていた。
川が近くに流れていて、夏場だからと言っても、朝方は冷え込むような結構な山奥だ。
コップを煽ると嬉しそうに目を細めた平助君が、有難うと手渡してきたコップを受け取った。
誉めると、仔犬の様に尻尾を振って喜ぶ彼の顔が大好きなんだ。
誉めるとって上から目線になってしまったけど、可愛いものは仕方ない。
喉を潤した彼は、試合を見ている部員に混ざって傍らで正座をした。
幾ら、山で涼しいとは言っても熱中症が怖いからとこまめに水分を取ることが義務付けられているから、結構マネージャーの仕事も休む時間が無い。
ウォータージャグの傍らにコップを置いて、隅で正座をしているもう一人のマネージャー、千鶴の横で正座をした。

「お疲れ様」

『うん』

目線だけこちらに向けて微笑んだ千鶴は、私と同じ二年生で入学当初から一緒に、この剣道部のマネージャーをしている。
気が利いて思いやりがあって、女の子っぽくて可愛い性格なんだ。
仲良くなるのもすぐで、鬼の顧問土方先生が怖かったけどなんとかやってこれた。
まぁ、千鶴だけじゃなくて…平助君がいるから頑張れるってのもあるんだけど。
視線をずらして平助君の方を見ると真面目に試合を見ていて、気持ちを入れ直して部活に集中するのだった。


練習試合も終わり、夕方になって夕飯を摂るために食堂へ来ていた。
山奥の施設だけれど、お風呂は温泉だし食堂もバイキング形式で、部活をして空き過ぎたお腹にはとても有り難い。
バイキング形式と言っても、よそられた器に入ったおかずをチョイスしていく簡単なものなんだけど。

「名前、ひじき好きだね」

わくわくと胸を高鳴らせて、ひじきの煮物を盆に乗せると、隣の千鶴がにこにことサラダの器に手を伸ばしていた。

『鉄分たっぷりで美味しいと来たら食べないわけにはいかないでしょ』

この黒ぐろとした感じが、如何にも鉄分たっぷりですよ!と訴えかけているみたいで、食べずには居られない。
お陰で貧血で倒れるなんて事も、無く血液には自信があるんだから。
得意げに盆を見下ろしていると、頭上から声が降ってきた。

「名前ちゃんって健康オタクなの?」

『は?』

見上げると口角を上げた沖田くんが私のお盆を覗き込んでいた。
健康オタクって、たかがひじきに鉄分がたっぷりあるって言っただけなのに。
一年の時からの付き合いだけど、沖田君は飄々としていて未だによく掴めない。

「だって、名前ちゃんのお盆、お婆ちゃんみたい」

『おばあちゃん?』

「確かに」なんて言いながら揚げ物に手を伸ばして、くすくす笑っている千鶴は放っておいて、沖田君を見上げた。

「うん。おかずが全部お婆ちゃんの匂いがする」

手元の盆を見ると、確かに茶色のおかずが多いかな?筑前煮、切り干し大根、これから手を伸ばそうとしていた里芋の煮っころがし。
両親が共働きで、お祖母ちゃんが夕飯の支度をしている我が家では定番のおかず達だ。
揚げ物とか肉も好きだけど、小さな頃から口にしてきた和食が一番好きなんだから仕方ない。

「まあ、一君もいい勝負だけどね」

そう言ってくすくす笑うと私を通り越して、揚げ物を取って席へと行ってしまった。
斎藤君のお盆を見ると、冷奴のお皿が三個に筑前煮。
そんなことより、冷奴食べ過ぎやしないか。ぶっと吹き出すと、なんだと言わんばかりに眉間に皺を寄せられてしまった。
だって斎藤君、どんだけお豆腐好きなんだ。あの皿が邪魔をして、他のおかず筑前煮しか乗らないじゃん。
笑いを堪えながら、千鶴の横の席へと座った。

「本当におばあちゃん」

『ちょっと、千鶴まで!』

「何がおばあちゃんなんだ?」

前の席に座った平助くんが、私たちの顔を交互に見て不思議そうに聞いてきた。
うお!真ん前ですか、平助君。
ドキドキしちゃってご飯が喉を通らないよ。
一人狼狽えている私を余所に、千鶴が丁寧に説明をすると、ぶっと吹き出して「確かに、ばあちゃん!」と盆を指さした平助君を睨んだ。

「あっ、でも俺好きだぜ」

『え?』

「だから、和食も」

そう言って、自分の盆に乗ったヒジキを指さした。
和食ですか…
好きとか言う単語にいちいち反応して、胸が高鳴ってしまうなんて私相当平助君に骨抜きにされてしまっているみたい。
鈍感な平助君はきっと気づいてないけれど、もう一年もあなたを見続けているんだから。
鈍感と心の中で毒を吐きつつも、楽しそうに笑う平助君を見ていたら私まで自然と頬が緩んできてしまうから不思議。


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