放課後。

薄桜学園からそう遠くはない場所にあるはじめの家へ、わたしはその付近にあるスーパーとドラッグストアに立ち寄ってから向かった。

なんの変哲もないごく普通の住宅街。

そこにはじめの家はある。




ピンポーン




はじめの家の玄関前まで来たわたしは、少し深呼吸をしてからインターホンを押した。

はじめの家に来るのは初めてというわけではないけど、やはり彼氏の家に来るということは何度経験しても慣れないものだなぁってそんなことを思う。




ガチャリ



「あ、はじめ?お見舞いに来たよ。大丈夫?」

「……何しに来た?」



インターホンを鳴らして待つことしばし。

家の中のほうから人の動く音を聞いたわたしは、そのままはじめが出て来るのを待った。

すれば、インターホン越しでの会話という順番を通り越して玄関の扉が開かれて。



そこに顔を出したのはちょっと頬を赤くしているわたしの彼氏。




「なにしに来たって、はじめのお見舞いに来たって言ってるじゃない。入ってもいい?」

「……ごほっ、ごほっ。駄目だ…帰れ。あんたにこの風邪をうつしたくはな…ごほっごほっ」

「あーあー…そんな辛そうな咳しちゃって」



自分が辛いのにこんなときまでわたしの心配をするはじめを見ると、なんだか胸がほんわりと暖かくなった。

これが母性本能ってやつなんだろうか?

なんだか守ってあげなきゃって気持ちにさせられてしまう。



「はじめ、わたしはあなたの彼女なんだから、こんな時くらい頼ってよね。辛い時くらい甘えてもいいんだから…ね?」

「ごほっごほっ…すまない、名前…ごほっごほっ。あまり片付いてないが…それでもいいだろうか?」



一度断ろうとした割には意外とすんなりわたしを頼ってくれたはじめに、わたしは嬉しくて自然と笑顔になってしまい、

「そんなの全然気にしないよ!むしろわたしが片付けてあげるからね!」

と言って、はじめの家の中へとお邪魔した。





「はい、はじめ。まずはこの冷却シートをおでこに貼ってね。それから…あ、お昼は食べた?薬とか病院からもらってる?」

「朝も昼も何も食べていない…。病院へもまだ行っていない…ごほっごほっ」

「そっか…食欲ないの…?」




とりあえずはじめの部屋に入って彼をベッドに寝かせたわたしは、片付いていないと言っていた割にはきっちりと整頓されている彼の部屋をぐるりと見渡してから彼に質問した。

わたしの質問に力なくコクリと頷いたはじめを見ると、なんだか頭を撫でてあげたくなった。

だからわたしは、冷却シートを貼ってあげたついでにそのままはじめの頭を撫でてみる。

いつもだったら絶対に嫌がりそうなのに、今日のはじめはわたしの手が頭に触れると気持ちよさそうに目を閉じた。

やばい…なにこれ。

ちょっと癖になっちゃいそう。




「そっか…食欲ないのはしょうがないけど、でも何か栄養取らないと元気にならないし薬も飲めないよ?わたし、薬局で薬買って来たから、とりあえず薬飲むためにも何か食べて?」




弱ったはじめになおも母性本能をくすぐられながらそう問いかけると、はじめは「何もない」と首を横に振った。

はじめのご両親、忙しいのは分かるけれど…はじめがこんなに弱っているときくらい何か作っていってあげたらいいのにって思わなくもない。

だけどよかった。わたし、こいうことも想定してスーパーで色々食べ物買って来たんだよね。




「キッチン使ってもよければおかゆ作るけど…どうする?」



スーパーの袋から、レンジでチンするだけのご飯パックやら卵やらネギ、そして桃の果肉が入ったフルーツゼリーにスポーツドリンクなんかを取りだしながらはじめに問う。

するとはじめは「いいのか…?」って申し訳なさそうに言うから、それはキッチンを使ってもいいという意味なんだと受け取った。

だからわたしは「いいのいいの!それじゃあキッチン使わせてもらうからね!」とはじめに言って、おかゆ作りに必要な材料だけ持ってキッチンへ向かった。



そして、わたしがおかゆを作るためにキッチンに立ってから30分程が経ち。



小さな土鍋に入ったおかゆをお盆に乗せてはじめの部屋まで運んだ。

そして、この30分の間で眠ってしまったらしいはじめを、ちょっと悪いなとは思いながらも冷めないうちにおかゆを食べて欲しいから起こすことにする。




「はじめ…おかゆできたよ。一応味見はしたし食べられると思うから…」


「ん…」



わたしの声に眠たそうに目を擦りながら体を起こしたはじめは、わたしが作ったおかゆを虚ろな目で見つめながらもそこから動かない。

そんなはじめを見たわたしは、やっぱり食べられないのかな?と心配になってはじめにそう問いかけたのだけど、はじめはわたしの問いかけに、相変わらず辛そうな咳をしながらこんなことを言ったんだ。




「ごほっごほっ…食べさせて…くれないだろうか…」

「なんですと!」





ずっきゅーん!

あ、今わたし…完全にこの病人にハートを撃ち抜かれちゃいました。

普段なら絶対に聞けないであろうはじめのこんな台詞!

あぁ、録音したかったなぁ…!




「…今日は…甘えてもいいのだろう?」

「うんうん!いいんだよ、そうだよね!食べるのも大変だよね!」



純粋に頼ってくれているはじめを見ながら心の中で変人っぷりを発揮しているわたしのことなど露知らず、見事なまでの天然っぷりでわたしの顔を熱っぽい目で見つめて来るはじめ。

そんなはじめを見て理性なるものを取り戻したわたしは、慌てておかゆをお茶碗によそってはじめの隣まで。




「はい、はじめ。ちょっと熱いから冷ますね」



わたしはレンゲに掬ったおかゆにふぅふぅと息を吹きかけて冷まし、それをそのままはじめの口元まで持って行くと、はじめは気だるそうにしながらもパクリと口を開けておかゆを食してくれた。

もぐもぐと咀嚼して飲み込んだ後、今度は何も言わずに口を開けるはじめ。

あぁ…可愛い。

まるで雛に餌をあげる親鳥の気分。



できることならこんなに可愛いはじめを撫でくり回したいけれど…



うん。駄目だよね。

さすがに分かってる。



わたしは続けてはじめにおかゆを食べさせながら、自分の本能を理性でグッと堪えたのだった。


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