「あれ…?」
それは、日差しは明るいけれどコートなしでは肌寒いという、まだ春を迎えたばかりのある日の出来事だった。
いつも通り早すぎもせず遅すぎもせずという時間に登校したわたしは、校門に辿りついたところでいつもと何かが違うような感覚に首を傾げる。
「うーん…?」
その違和感が気になって校門付近で立ち尽くしていたわたしの横を、薄桜学園の生徒たちが通り過ぎていく。
"おはようございます"
風紀委員の南雲くんにそう挨拶しながら…
って、あれ?
そうだ、よく考えたらおかしいじゃない。
どうして今日は彼がいないのか。
いつもは校門に南雲くんと一緒に立っているのに。
「おはよう名前ちゃん」
「…!!なんだ総司か。おはよう」
彼の姿が校門前にない違和感に気付いてもなお、その場に立ち尽くしたままのわたし。
そんなわたしは不意に後ろから肩を叩かれて驚いて振り返る。
するとそこには、彼の友達である沖田総司がいつもの胡散臭い笑顔を浮かべてわたしを見ながら立っていた。
「こんなところで立ちつくしちゃってどうしたの?何か悩み事?」
「え…別に悩みってほどじゃ。ただ、はじめの姿がないなぁって思っただけで…。ていうか総司がいるってことはそろそろヤバイ時間ってことじゃん。急がないと」
"校門前に総司"
こんな不吉な組み合わせに出くわしたときはさっさとその場を立ち去るべしと、わたしは慌てて校門を潜る。
そんなわたしに総司は黒い笑顔を浮かべて、「ひどいなぁ。僕、今日はいつもより10分も早起きしたんだから」とか言っていたけど知らんふり。
とりあえずは何事もなく校門を潜ることができたわたしは、総司と並んで教室まで歩いた。
するとその途中、今から教室に向かうところなのであろう担任の原田先生にわたしたちは出くわして。
「おう、おはよう。名前に…総司?珍しいな」
「ちょっと何さ、左之先生までそんなこと言う気?」
「ははっ、わりぃわりぃ。ついな」
そう言ってケタケタ笑った原田先生は、その後わたしの顔を見ると何かを思い出したかのように「そういや…」と話し出す。
「名前、おまえは斎藤の彼女だからもう聞いてるかもしれないが、斎藤今日は風邪で休みだってよ。季節の変わり目は風邪を引きやすいって言うし心配だな?」
「へ?はじめ、風邪引いちゃったんですか?」
原田先輩からわたしに聞かされた言葉。
それはさっきまでのわたしの疑問を見事すっきりさせるものだった。
そうか…はじめが校門前にいつものように立っていなかったのは、彼が風邪で学校を休んだからなんだ。
だけども、こうして考えて見ると当然と言えば当然である。
はじめがいつものように校門前に立っていないなんて、それはもう彼が学校自体をお休みしている時しかありえないと思うから。
「ふーん…あのはじめくんが風邪ねぇ。これは彼女の名前ちゃんとしては心配だよね?」
「まぁ、そりゃあ…ね」
「はじめくん、一人っ子だし。両親は共働きで帰り遅いし…きっと心細いよね」
「…何が言いたいの?」
原田先生が「そんじゃ、俺はちょっとやることがあるから」と言って早足で先に教室へ行ってしまった後、わたしは総司にニヤニヤとしながらそんなことを言われた。
だけども、総司の言わんとしていることが大体理解できるわたしとしては、そのニヤニヤがなんだか無性に鼻に付いたりするわけだ。
「何が言いたいって、分かってるんでしょ?大好きな彼氏が風邪引いたって言ってるんだよ。しかも家には誰もいなくて彼氏一人だけ…」
「……つまり、看病しに行っちゃいなよ。総司はそう言いたいわけね?」
「そういうこと」
ニヤニヤ。遠まわしにそんなことを言う総司に、わたしはもう結論をスパッと言ってしまう。
看病…ねぇ。
はじめと付き合ってからというもの、そんなことを一度もしたことがなかったわたしは、どうするべきなのかと悶々とした。
そんな調子で教室に入った後は自分の席に着き、とりあえず携帯ではじめに大丈夫?とメールを入れてから授業に臨む。
すれば、時間は2限目3限目とどんどん過ぎ去り。
はじめからメールが帰って来たのはお昼休み頃。
『大丈夫だ。心配かけてすまない』
かなり遅れて返って来たメールと、たった一行のそんな文を見たわたしは、それだけで今はじめがどれだけしんどい思いをしているのかを察した。
だからわたしははじめからの返信が来たこの時、すでに決めていたんだと思う。
今日は放課後にはじめのお見舞いに行こうって。