「ボタン…取られちゃったんだ」
「わりぃ!!本当にごめん!!」
俺は名前のところへ行くなりすぐにボタンのことを話して、全力で頭を下げた。
そうして顔を上げてみれば名前は一瞬だけ悲しそうな顔をして、その顔を見てしまった俺は本当に悪いことをしてしまったという罪悪感に苛まれる。
「本当にごめん!!!」
どんなことでもするから、別れるのだけは絶対に嫌だ。
俺はそんな思いでもう一回名前に全力で謝った。
「……平助」
ぽつりと聞こえた俺の名前を呼ぶ名前の声。
きっとすごく怒ってんだろうなって思いながらも、もう一度名前の顔を見てみる。
「怒ってねーの…?」
俺は名前の表情を見て驚いてしまった。
どうして驚いたのかというと名前は怒っていなかったからだ。そしてもう悲しそうな表情もしていない。
じゃあどんな顔をしてるんだと聞かれれば、名前は笑っていたんだ。
でもどうして笑っているのかが分からなくて、俺はかなり動揺してしまう。
まさかこんな笑顔で別れ話切り出されるとかねーよな?
そんなことを考えていた俺に名前がこんなことを言ってきた。
「ねぇ、どうして第二ボタンをもらう風習があるのか知ってる?」
「え?知らないけど…理由とかあんの?」
「それはね、第二ボタンが一番心に近いところにあるからなんだって!学ランだとこの辺に第二ボタンがくるでしょ?」
名前はそう言って俺の胸の真ん中をつんつんと突いてきた。
確かに中学のときの制服は学ランだったから第二ボタンもこのへんにあった気がするけど…今はそれがどうしたんだという気持ちしかない。
結局のところ、何を言われても俺は名前に第二ボタンあげることができないんだから。
「でもさ、ブレザーだとこんな下のほうに第二ボタンが来ちゃう…。これって全然心に近くないと思わない?」
「まぁ…そうだよな」
だからやっぱり第二ボタンはいらない、そういうことなのか?
俺は名前が何を言いたいのか分からなくて首を傾げた。
そんな俺を見た名前は何がおかしいのかくすくすと笑い始める。
「ブレザーの場合だと一番心に近い場所にあるのは第一ボタンだって…私はそう言いたいんだけど」
「えっ、あ」
なんだそういうことか。
俺はやっと名前の言いたいことが分かった…気がする。
間違ってたら恥ずかしいけど、第一ボタンをくれって遠まわしに言ってくれてるんじゃねーかって。
「俺の…俺の心に一番近いボタン、名前にやるよ!」
「うん、ありがとう!大切にするね!でもちょっとこじつけくさかったかな?」
どうやら間違っていなかったみたいだ。
俺が第一ボタンを千切って名前に渡すと、それを受け取った名前は照れくさそうに笑っていた。
気の利いた言葉とか全然言えない俺だけど、今は俺のために気を遣ってくれた名前のことがどうしようもなく愛しいと思ってしまう。
「でもさ、心に近いボタンなんかじゃなくて本当の心も名前にやるから!」
「本当…?」
「当たり前だろ!!俺はこれから先もずっと名前一筋だ!!」
「へ、平助…///」
無意識のうちにそう叫んでいた俺。
顔を真っ赤にさせて俺の後ろを指差す名前。
後ろを振り返れば剣道部員たちがにやにやと笑いながら俺たち二人を見ていた。
忘れていたけどここは剣道場の入口だった。
「ひゅー!!藤堂先輩、かっこいいっすよ!!」
「これからも名字先輩とお幸せにー!!」
「平助ー!振られなくてよかったねー!」
「う、うるせー!」
俺のその言葉が聞こえていたらしい剣道部の面々から次々と囃し立てるような声を浴びせられ。
そこでようやく恥ずかしいことを言っている自分に気が付いた俺は、名前の手を引いて慌てて剣道場から離れた。
ったく、総司のやつまで。
振られなくてよかったねってなんだよ。
とりあえず桜並木が見える渡り廊下のところまで走った俺と名前。
そこで握ったいた手を離すと名前が顔を赤くしながら俺にこんなことを言ってきた。
「私の心もずっと平助のものだよ///これからも傍にいてくれるよね?」
あぁ、もう俺は…
本当に名前に心を持って行かれてんだな。
そんな顔でそんな言葉言われたら本当に堪んなくなっちまう。
俺、やっぱどうしようもないくらいに名前のことが好きだ!!
「当たり前だろ!頼まれたって離れてやんねーから///」
「…うん///…好きだよ、平助///」
「俺も好き、だ…名前///」
溢れて止まらないこの気持ちを、もっと上手く言葉にできたら。
だけど今はまだそれができないから、代わりに名前のことを強く抱きしめた。
ボタンなんかじゃおさまらないんだ。
そんな小さいボタンじゃ零れてしまうから。
今は、抱きしめたこの腕から
零れてしまわないように全部受け取って欲しい。
溢れて止まりそうにない
名前が大好きだという
俺のこの想いを
fin.
next感謝の叫び