**名字名前**
それは、卒業式の前日のこと。
私たち三年生は卒業式の予行練習なんてもののためだけに学校に来ていて、その練習をさっき漸く終えたところだった。
クラスメイトたちは予行練習を終えるなり、自分の所属していた部活に顔を出しに行ったりだとかさっさと家に帰ってしまったりだとかで教室にはほとんど残っていない。
残っているのはと言えば、教室との別れを惜しんでいる数人の女の子たちくらい。
そんな中、私は永倉先生に呼び出されてから中々戻って来ない平助を総司と一君と一緒に待っているところなんだけど…
「第二ボタン?」
「うん、そう。第二ボタン」
私はさっき自販機で買った紙パックのコーヒー牛乳をズズッと一口啜ってから総司に聞き返した。
卒業式っていえば…みたいな話を総司が最初に初めて、私と一君は桜だとか紅白饅頭だとか言ってたんだけれど。
まさか総司の口からそんな単語が出てくると思わなかったから少し驚いた。
私なんて紅白饅頭だよ。
卒業式といえばと聞かれて紅白饅頭って答えたんだよ。
「でも、総司が第二ボタンだなんて…どうして?」
「どうしてって…深い意味はないけど。一君はもうボタンあげる人いる?」
「それは自分で決めるものなのか」
「決められるんじゃないの?無理矢理奪われちゃったりしない限りはね」
「そういうものなのか。しかし、何故に第二ボタンなのだろうか」
卒業式の日に第二ボタンを好きな人とかにくださいっていう風習は知っていたけれど…
どうして『第二』なのかまでは知らなかった私は一君の疑問に同意してうんうんと頷く。
すると総司は得意気な表情でその理由を語ってくれた。
「まぁ、そもそも第二ボタンをもらう風習って学ランタイプの制服だからこそのものなんだよね。それを前提にしてどうして第二ボタンなのか」
一君と私は真剣な表情で得意気な総司の説明に耳を傾けた。
傍から見れば相当シュールな光景に映っているに違いない。
「いくつか説はあるんだけど、まず一つは一番よく触るボタンだからっていう説ね。第二ボタンはひっかけたり外れやすかったりしてよく触るから、その人の思い出が一番詰まってるとも言われてるらしいよ」
「へぇ!」
「なるほどな」
そしてさらに総司の説明は続く。
「他にも第二ボタンが恋人を表わすボタンだからとも言われてるよ。第一が友人で第三が家族だってさ。それから、第一ボタンだと襟が垂れてみっともないからっていう現実的な説もある。だけど僕が一番好きな説は次」
なんでそんなに詳しいんだって思うくらい総司は第二ボタンについてたくさん語ってくれた。
おまけに総司ご贔屓の説まであるというのだから、これはモノホンの第二ボタンマニアなのかもしれない?
うん…ちょっとイメージが違うよ。
きっと、ただ物知りなだけなんだよね?
「第二ボタンの場所はその人の心に一番近いからっていう説だよ。あなたの心を私にくださいっていうことだろうね。この説が一番ロマンチックだと思わない?」
「まぁ確かに一番ロマンチックだとは思うけど…どうしてそんなに詳しいの?」
「中学の卒業式の時さ…わけもわからずに女の子の集団に第二ボタン剥ぎ取られちゃってね。どうして第二ボタンなんだろうと気になった僕はネットで少し調べてみたってわけ。理由を知れば知るほど、無理矢理取られるなんてことにはなりたくないなと思ったよ」
「それはそうと、こうして理由を聞いてみるとブレザーでは本当に意味のない風習なのだな」
「まぁまぁ、そう言わないでさ。今ではその説よりも第二ボタンをもらうってこと自体に意味を成してるからね」
へぇ、なるほどね。
私は再びコーヒー牛乳をストローからズズッ啜った。
確かに、理由まで聞くとブレザーじゃ全然意味ない。
「で、名前ちゃんは第二ボタンもらうの?」
「へっ?私が?誰に?」
「誰にって…ねぇ?」
「あんたは平助の彼女なのだろう。平助のボタンは欲しいと思わないのか」
おっとっと、そんな目で見ないでよ一君。
私は平助に興味がないわけじゃないんだよ。
ただ、今の理由を聞いたらブレザーじゃ意味ないなって思ったから、自分がもらう側になろうという意識を完全になくしてしまっていただけで。
「確かにね、名前ちゃんは理由を知っちゃったから意味がないって思ったかもしれない。だけど理由を知らない他の女の子たちにはそんなこと関係ないんだよ。いいの?平助の第二ボタンが他の女の子に取られちゃっても」
「そ、それはよくない!!すっごくよくないことだよ!!」
「くすくす…それじゃあ明日貰わないといけないね。平助も案外、一、二年の子たちからモテるんだよ?気を付けなきゃね」
「うん!絶対に阻止してみせるよ!」
そっか、そうだよね。
私が貰わなくても他の女の子が貰いにくる可能性だってあるんだ。
第二ボタンに込められた意味はどうあれ、平助のボタンが他の女の子に取られるだなんてそんなの絶対に嫌!!
私は自分に気合を入れるために胸の前で強く拳を握った。