屋上のとても重い扉を押し開けると、少し冷たい風が頬をくすぐりました。

ただコンクリートタイルを敷き詰めただけの屋上はとても殺風景です。

屋上の真ん中に立つと、自分を中心としてぐるりと街が広がっているように感じます。
高層マンションや民家、スーパーや高速道路も見えますし、もっと奥を覗けば風車だって見えます。

ぼんやり街を眺めるのは嫌いではありません。むしろ好きです。
しかし少しばかり風が強いです。
この風ではあの素晴らしい桜も散ってしまうのではないでしょうか?うぅむ、心配です…。

先程から風のせいで髪が荒れ狂ったり、スカートが靡いてしまっています。
あぁ、見苦しいものを見せてしまったと後ろを振り向けば、先程までいた沖田さんと斎藤さんがいません。
あれ………?
屋上は何をするところなのかを尋ねたかったのですが……。

コツコツと階段を昇る音が聞こえます。
足音からして一人だろうからきっと噂の私に会わせたい人だと思います。
ほんの少し緊張します…。

その時ビュオォ!と強い風が吹いて、私は咄嗟に目を瞑りスカートを押さえました。

目を右目から開いていくと、扉を前に立っていたのは……

***********

名前だった。

長かった髪は肩で切り揃えられているけど、やっぱり左の髪が跳ねている。
二重で目が大きいのは今も同じで。

すっかり垢抜けて綺麗な女の人になっていたけど、名前だった。

…やっと、会えた……

「…へい、すけくん……?」

「名前ッッ!!」

目を見開いている名前の元に駆け寄って、反射的に腕の中に収めた。
名前の肩が縮こまるのも気にせずに、ぎゅっと抱き締める。

ドクドクと煩い心臓の音が名前に聞こえてしまっても構わないから、今はぎゅっと抱き締めた。
俺の心臓は名前より速く脈打っていて、名前の頬は俺より赤い。

「…平助、君……」

「…みいつけた。」

「っ……、」

立ち竦んでいた名前の腕が俺の首に回ると、名前が俺の顔を覗き込んできた。
名前の甘い髪の匂いが鼻をくすぐる。

「平助君、ごめんなさい。何も言わずにイギリス行っちゃって…。」

「本当だよ……」

「でもまた会えて本当に嬉しいです!」

「俺の方が嬉しいっての。」

「うふふ、平助君照れてる。私もドキドキしてますよ。すっごく。
だって、平助君カッコいいんだもん。」

そう言った名前は照れながら一度下を向いて、それから俺に向かって花が咲いた様な笑みを見せてきた。
あぁもう、反則…!

***********

笑い掛けると平助君の腕の力が強くなって、私は思わず「んっ」と変な声を出してしまいました。
すると平助君の肩が明らかにピクリと揺れましたので、やはり相当変な声だったのでしょう。
もう、恥ずかしい…!

思えば子供の頃平助君抱き締めてもらった時はこんなに胸が高鳴る事はありませんでした。

草むらから飛び出てきたカマキリに驚いて、咄嗟に抱き着いたのですが、その時はただただ恐ろしさに震え上がっていただけでした。

それが今は、無条件に顔が火照り、平助君の大人っぽくなった表情を見る度に胸が苦しくなり不整脈がおこります。
詰まるところ私は平助君に『胸キュン』をしているのです。

「名前…?」

「はいィィッ!」

「…?もうかくれんぼはやめよーな。」

「あの、やっぱり平助君ショック受けたんですよね…、あんな別れ方は

「そりゃすっげーヘコんだけどさ、今ここに名前がいるからそれでいいよ。
…ずっと俺の傍にいてほしいだけ。
だ、だからそんな顔すんなって!」

平助君は少し困った様に笑いながら私の頬をペチペチ軽く叩いた後に、「あー!俺には口説くなんて事出来ねー!」と大声で叫びました。

……それじゃあ、

「そ、それじゃあ、平助君に口説かれて、嬉しくてドキドキしてる私の立場はどうなるんですか…っ!
もう…平助君、狡い…。」

私はそう言い終えると、何故か息が上がっていました。
頬だってもう自分でも分かるくらい真っ赤ですし、自分の心臓の音で先程から周りの音が聞き取りづらいんです。

平助君の馬鹿野郎の意味を込めて、首に巻いていた腕の力を強くしますと、当たり前ですが二人の距離が近付いて私は自爆しました。

「名前…」

平助君の指が私の輪郭をなぞって顎で止まります。
そして顎を少しだけくいっと上げられると、強張っていてそれでいて真っ赤な平助君の顔とご対面。

右にちょっと傾けられた平助君の顔を見た時に私は悟りました。
恋愛偏差値24の私でもこれは流石に分かります。

キス、される……

拒絶する理由なんてどこにもありませんので、私はぎゅっと目を瞑ります。
もう数瞬で私は人生で一番甘い経験をするんですね…

もどかしくなって左目をうっすら開けますと、平助君との距離3cmでした。

これは…、もう…!




ピロリーン♪


「「!?」」

「あは、ケータイ鳴っちゃった。」

「沖田さん!」「総司ッッ!!」

私達二人は沖田さんを見た瞬間に顔を離して腕を下ろします。
わわ私の腕、重力に従順っ!
もうパニックです。

「何、写メ撮ろうとしてんだよ!!てか見んなよ!!」

「沖田さん、"見える"なら先言って下さいよ!!も、もっと色々準備したかったです!!」

平助君は沖田さんの肩をグワングワン揺すり、私は胸をポカポカ殴ります。

「だって気になったし。それに僕だけじゃないよ?
一君もいるし途中から千鶴ちゃんだって合流したよ。
あと名前ちゃん、僕未来なんて見えないよ」

「「えええぇえぇ!!?」」

「ほら二人とも出ておいでよ。」

沖田さんがそう言うと、扉からバツが悪そうな斎藤さんと可愛い…千鶴さんが出てきました。

「お、俺は、屋上の鍵を閉める為にここにいるのであって断じて覗いていたりなど…

「授業中の眼鏡かけながら、んな事言ってんじゃねーよ一君!」

「私はガッツリ見ようとしていました!!」

「千鶴!」

平助君は主に沖田さんと口論をし、斎藤さんが平助君を宥め、それが火に油を注ぐかたちとなっていました。

ただでさえここは風が強いのに、そこで嵐が起こっている様でした。
私と千鶴さんは顔を見合せました。
やはり可愛らしい方です…。

「私千鶴って言います。気軽に千鶴って呼んで下さいね!私も名前ちゃんって呼びます!
近藤校長から女の子の転校生がくるって聞いていて、すごく楽しみだったんです!」

「あ、はい!宜しくお願いします、千鶴ちゃん!私はしゃべりやすいから敬語ですけど、千鶴ちゃんは普通にため口で大丈夫ですよ。」

「うん、じゃあそうする!」

私と千鶴ちゃんは笑い合って、我ながらなかなか女の子らしい可愛い雰囲気を出せたんじゃないかなと思います。
見られたのは恥ずかしかったし、平助君には悪いけど女の子二人というのもなかなかいいなぁ、と思いました。

「千鶴ちゃんももしかして剣道部ですか?」

「うん!マネージャーだよ。名前ちゃんも剣道部に入るつもりなんだよね。よろしくね!」

「よろしくね名前ちゃん。」

「宜しく頼む。」

「名前。よろしくな!」

千鶴ちゃんに沖田さん、斎藤さんとそして平助君。皆さんの笑顔を眺めていくと私の胸は高揚しました。
皆さんと過ごす毎日は炭酸水よりもキラキラしたものになるでしょう。
そして平助君と一緒に過ごす毎日は炭酸水よりも、宝石よりももっともっとキラキラしたものになる、そんな気がするのです。

私はこれからの学校生活に胸膨らませ、沖田さんにからかわれても構わないと大好きな平助君の胸に飛びこんだのでした。





→コウ様


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