「名前、」

「さ、斎藤さん?どうして、…合コンに行ったんじゃ、」

「総司が、しつこい故、途中まで、行ったが、引き返した。あんたが、心配で、」

「斎藤さん…、」

「エレベーターを、待てなくて、階段を、駆け上った、」

私を心配して階段を?ここ、10階ですよ、斎藤さん。
苦しげな呼吸の下から途切れ途切れに話す斎藤さんを目の前に、気が緩んだ私の眼から安堵の涙が零れてきた。心細かったところへ大好きな人が救世主のように現れたんだもの。斎藤さんはやっぱり合コンなんて行かないでくれた。徐々に息が整ってきた斎藤さんは、優しく目を細めながら私の肩を抱き指先で涙を拭ってくれる。

「泣くのは後だ。これを片づけよう。今どのへんだ?」

「三合目でしょうか。後はシールを貼るだけですけど」

「かなりの量だな、」

段ボールを見て一瞬遠い目をした斎藤さんだったけれど、すぐに私の隣の机に腰を掛け手際よく作業を開始した。私もまた溢れそうになる涙を拭って、シールを貼り始める。単純作業だから二人でやれば一人よりも倍速で片付いていく。私は安心感からかもう一つの事を思い出した。手を動かしながら隣を見て遠慮がちに聞いてみる。

「あの、バラされて困る事って、なんですか?さっき、沖田さんが言ってた、」

「…、根も葉もないことだ」

手を止めずに私に視線を合わせた斎藤さんの、涼しげな切れ長の目元が真っ赤になった。何のことか教えてくださいと言い募り、渋々と言った感じに彼が話してくれたことを聞いて、私は本日二回目のフリーズをした。

「俺が入社以来、特定の女性を作らず女性に興味を示さなかった故、その、…男色の気があるのだろう、と、」

「ええ?嘘っ!斎藤さんて、そうだったんですか?」

眩暈がした。そう言われてみれば、こんなにかっこよくてあれ程モテるのに、彼は今まで浮いた噂一つなかった。沖田さんなんか浮いた噂ばかりだと言うのに、そしてその彼と行動を共にすることが多いのに、斎藤さんに関してはこれまでに一度も聞いたことがない。特定の彼女がいないのは彼のファンが調べ上げて周知されている。社内で迫りくる女性をちぎっては投げちぎっては投げと言えば大げさだけれど、とにかく女の人を全然相手にもしなかったのだ。
なるほど、そのせいか。つまるところ彼は男色?えーと、簡単に言うと、ホモ?え、嘘!私の単純な思考回路が壊滅的な答えを引き出す。
黙考した私の頭の中をまるで読んだかのように、彼が今まで聞いたこともないような大声を上げた。

「話を最後まで聞け!そんなわけないだろう、何故短絡的にそれを信じるのだ!俺はあんたを好きだと言っただろう!」

「あ、」

「あ、ではない。俺はずっと、名前が入社してきた時から、その…、あんただけを想ってきたのだ。…多分、一目惚れというやつだったと思う、」

斎藤さんの声は消え入るように小さくなっていく。だけど続いた言葉を私の耳は全部拾ってくれた。あんたへの想いは秘めたまま誰にも言わなかったから、そんな曲解をされたのかも知れぬ、と呟いた彼は茹で過ぎた蛸の如く、頭のてっぺんから湯気でも出そうなほどに耳まで赤くしている。
私は口を開いたまま固まっていた。(本日三度目のフリーズ)
彼の言葉は私にはすぐには信じられない、もう一つの告白だった。だって私も入社してこの部署に配置されてからずっと、斎藤さんを好きだったんだよ?私だって一目惚れだったんだよ?
それなら一年と8カ月もの間、私達はお互いにそれと気づかずに、誰にも言えないまま想い合っていたという事なの?
新しい涙が零れてくる。指先はこの上なく優しく再び目元に触れて涙を拭い取る。

「何故、泣く、」

「私も初めて会った時から、ずっと好きだった…。信じられない…、」

「では、あんたが信じられるようにしなければ、」

静かに席を立ち一足踏み出した斎藤さんは腰を屈め、その両腕が私の上半身を柔らかく抱き込んだ。温かくて広い胸に包まれた私の肩に顔を埋めた彼が静かに、でもはっきりと言葉を紡ぐ。

「名前が好きだ」

「ほんと、に…、」

「本当だ。名前だけだ」

「なら、どうして私たちの事、隠さなきゃいけないの?」

腕を回したまま肩から顔だけを上げ、どことなく戸惑ったような顔をして、彼が私の顔をまじまじと見る。至近距離の美しい顔に私は思わず仰け反った。

「隠しているのは、名前の方だろう?あんたが嫌がるだろうから俺から言ってはならぬかと、」

「え…?私は斎藤さんが困ると思って、誰にも言えなかったのに、」

仰け反った状態で私も目を見開いて彼を見る。暫く困惑していた彼の頬がゆっくりと綻んでいく。私の頬もつられて緩んだ。二人ともがずっと、同じことを考えていたんだ。笑みを含んだ彼の綺麗な瞳が近づいてくる。私も微笑んで見つめ返す。

「俺達は、かなり気が合うようだ」

「そうですね、」

「月曜日に皆に話す」

「え、でも…、」

心の準備が、と続けたかった言葉が彼の唇の中へ消えていく。あの二人になんて言ったらいいのだろう…、と思いかけたけれど、もうどうなってもいいや、と私は考えることを放棄して、目の前の幸せに没頭した。斎藤さんの優しいキスは幾度も、そして長く長く続いた。



***



笑いたいのを我慢してポンと手を置くとその肩が少しだけ跳ねた。潜めた声をかけると土方さんもヒソヒソと返してくる。

「覗き見ですか?性質が悪いな、土方さんも」

「なんだ、総司か、脅かすんじゃねえよ。名字を手伝ってやろうと思ってな、打ち合わせを早めに切り上げて戻ってみりゃ、これだ。流石に入って行けねえだろ。お前、合コンだったんじゃねえのか?」

「だって、こっちの方が面白そうだから、つまんない合コンなんてすぐ抜けてきましたよ、」

「性質の悪いのは、てめえだろ。しかしあいつら、あんなことしてねえで、さっさと仕事終わらせろってんだ、全く」

薄く開いたドアに目を走らせて小声で悪態をつきながらも、土方さんの眼は笑っている。
仕事は真面目にこなしている一君だけど、いつだって彼の眼は無意識に名前ちゃんを追っていた。視線が絡みそうになれば頬を染めて目を伏せる。それは名前ちゃん達が入社してきた時からだった。
早くにそれに気づいた僕は、面白いから土方さんにも教えてあげたんだ。「確かにな」と土方さんさえもが納得した、これまでの一君の長い片想いっぷり、誰にもバレてないと思ってるんだから本当に呆れちゃうよ。
合コンに誘った時の困惑ぶりも面白かったな。だけどともかく、気持ちが通じてよかったね、一君。
僕の思惑を知ってか知らずか、土方さんが含み笑いをして歩き出す。

「相手にとっちゃ不足だが、たまにはお前と呑んで帰るか」

「全く気が進まないけど、仕方ないから行きますよ」

僕は土方さんの後に続きながら忍び足でその場を立ち去った。



→aoi様


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