「平助君可哀想です…」

机を4人で合わせて弁当を食べながらその話をすると、千鶴は悲しそうな表情をして同情してくれた。
千鶴は優しいな…。

「しかしその幼馴染みもイギリスに行くのなら一言くらい言ってくれれば良かったのにな。」

一君はこちらをチラリとも見ずに単語帳の上の赤シートを滑らせている。
でも話は聞いていたみたいだ。

「でもさぁ?事前に言っちゃったら平助行くなとか着いていくとか我が儘言いそうじゃない?」

「言わねーよ!」

「どーだか。」

総司はコンビニのサンドイッチのチーズを器用に抜き出しながら、イチゴオレを飲んでいる。

俺だって家の事情なら仕方無いと諦める事くらい、出来た。…多分。

「確かに、平助なら言いかねん。」

「!?」

「イギリスって言っても伝わらないと考えたんじゃないですか?」

「!!?」

「ぶはっ、千鶴ちゃんそれヒドい!」

「雪村……」

「いやっ、あの!平助君!私、そんなつもりじゃ…!」

総司は机をバンバン叩きながら笑うし、一君は持っていた単語帳で口元を隠しながら肩を震わせているし、千鶴はおどおどし始めるしで、この怒りとも何とも言えない感情をどこにぶつければいいのか分からなくなって、俺は炭酸を呷った。
ったく…俺の苦い思い出だって言ってんのに…。

「…して、その幼馴染みは帰ってくるのか?イギリスに永住するつもりなのか?」

「高2の春に帰ってくるって話だけど…」


「……今、だね。」

「今ですね。」

「今だな。」

3人の視線が一気に集まってまじまじと俺を上から下、下から上と眺めてくる。
そして3人は同時に憐れみの表情を浮かべた。
総司はやっぱりニヤニヤしてるけど。

「何だよその顔!」

「一君、せむかたなしってどういう意味だっけ。」

「どうしようもないだ。」

「ずちなしもですよね。」

「話ずらすなよ!」

千鶴までひでぇ!と文句を言いながら座ると、一君がくつくつ笑っていた。
指差されて大笑いされるのよりもこうやって責める事無く静かに笑われる方が辛いって事を一君は知ってんのかなぁ?

「じゃあ、今は日本にいるかもしれないんだ。」

「そーなんだよ。」

「あ、」

千鶴が珍しく素っ頓狂な声を出す。
ポロリと串に刺したオレンジが落ちる。

「あの、話変わって申し訳無いんですけど、今日女子の転校生来たんですよね。
近藤校長から数少ない女子生徒だから仲良くしてやれ、って言われました。だからどんな子かな〜って楽しみなんです!」

「聞いた聞いた。美人の帰国子女でしょ。皆部活に勧誘しなきゃ、って五月蝿かったよ。」

え、

「俺も見た。朝校門の前に見たことが無い制服の女子生徒が立っていたので、何か用かと聞けば、校長に用事があるそうだから事務室に通しておいた。」

「今頃あれだろうね、激しい部活の勧誘を受けてるんだろうね。」

「あれはもう台風みたいですよね。迂闊に教室から出られませんでした。」

「この学校は女子が少ないからどの部活も潤いが足りないと文句を言っていたな。」

「え?一君も潤い足りないの?」

「総司!からかうな」

みんな思い思いに転校生エピソードを話し出しているけれど、俺は何一つ知らなかった。
それと聞き流せない単語が一つ。
帰国子女。

まだ名前とは限らない。でも名前かもしれない。
そう思うと胸は勝手に高鳴った。

「は、一君?その転校生の髪型ってどんなだった?」

「髪型…?…確か、肩につくかつかないかくらいの長さで…あぁ、筆記体のOやΘの様に髪が左に一束跳ねていたな。」

「一君にそれ言われたくないよね。」

「俺は元からこういう髪型だ。」

「名前だ!!」

「平助…っ?」

気付いたら走り出していた。
名前の髪はどうしてもそこだけ跳ねていた。
毎日毎日そこだけ跳ねていた。

名前かもしれないって期待は走れば走るほど確信に変わっていく。
何処に行けばいいのかも分からないけど、頭が勝手に走れと命令し、足が勝手に動く。
廊下にいる生徒のプリントが落ちる事気にせずに俺は一心不乱に走った。

名前…!!


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