斎藤様から語られたことは


新選組を預かっている会津藩は京都所司代の職にあり、畏きあたりよりの信頼も厚く、帝より直答を許されるほど。

所司代は幕府と宮中との橋渡し的な存在でもあり、時々開く茶会はとても重要な催し物であった。

そして昨日の事、新選組の局長が藩邸に呼ばれて今後の警備の事などを家老たちと話していた折りに、日ごろ新選組を快く思わぬ者から難題を振られたのだ。


今都で評判の京極屋の水無月を明日の茶会で出せぬものかと・・。

もちろん、今日の明日では無理な話なのだが・・・近藤局長は悪意ある者の挑発に乗ってしまい、水無月を用意しなくてはならなくなってしまったのだった。


「無理って事はわかってるんだ・・でも僕は近藤さんの為なら何でもしたいんだよ。ね・・少しでいいんだよ。」


「お気持ちは痛いほど分かりますが、私どももお約束した方へきちんとお納めしなくてはなりません。お武家様のご事情と同様に商家には商家の覚悟がございます。」


「総司、名前殿のいう事はもっとだと思う・・これ以上は・・。」


「でも・・。」


口惜しそうな沖田さんの背を押す形で斎藤さんは帰って行った。


私はとても後味が悪くて・・・作業部屋に戻ってても水無月を手に取る事も出来なかった。


「名前、どうした?」


様子のおかしい私に父がそう尋ねてきたので先ほどまでの経緯を話した。


「そうか・・おまえのした事に間違いはないが、よく無事だったなあ。その沖田と言う組長は気に入らない者は片っ端から斬り捨てるって話だから。」


「そんな人には見えなかったけど。」


「まあ何にしても壬生狼に関わると碌な事が無いから・・よかった。この件で局長にお咎めでもあれば少しは大人しくなるだろうよ。」


お咎め・・・その言葉を聞いた時に悲しそうな沖田様の顔よりも何故か私を庇ってくれた斎藤様の藍色の瞳が浮かぶ。


私は御用箱から10個ほど水無月を取り、傍にあったお重に入れて風呂敷に包み・・店の者に見つからないようにそっと外に出た。


ここから屯所までは造作もない距離なのだが、無事にこれを斎藤様にお渡しできるかが問題なのです。


息を切らせながら、やっと屯所に着いたのですが、強面の門番の方に面会を申し出る勇気もなく途方にくれていると


「ここに用があるのか?」


巡察帰りなのだろう、浅黄色の羽織を丸めて肩にかけ・・・ちょっと肌の露出が多い紅髪の男の方から声を掛けられた。


「はい、斎藤様にお目にかかりたいのです。」


「斎藤に?それでおまえの名は?」


「京極屋の娘で名前と申します。急ぎお届けした物がありまして・・お取次ぎ願えませんか?」


「京極屋だと〜。それじゃあ・・あの水無月のか?」


「はい、お蔭様でよく売れております。」


「おいおい、挨拶は後だ・・こっちへ。」


その方に手を引っ張られてドンドン奥へ連れて行かれたのが・・大広間らしきところ。


そして目に飛び込んで来たのは白装束姿の男の方を廻りの方が何やら説得していると言った感じだった。


「名前殿ではないか?」


部屋に入ってすぐに私を見つけてくれた斎藤様


「何しに来たの・・役立たずのくせに。」


沖田様のきつい声が飛ぶ。


「お取込み中の所を申し訳ございません。斎藤様と沖田様がお帰りになった後、どうにも気になって私の一存で水無月を持参いたしました。

これで、武士の一分が保てるのでございますね。」


私は水無月の入った重箱を沖田様に目の前に差し出した。


「水無月だと・・。」


そこいいた全員が声を揃えて叫び、沖田様がお重の中の水無月を確認した。


「ありがとう、今はこれしか言えない・・。よかったですね、近藤さん・・・ほらすぐに紋付袴を・・。急いで所司代へ向かいましょう。」


あっという間に大広間から人が消えて・・唖然としている私に


「本当にすまない。名前殿に無理をさせたのだろうな。

だが、見ての通りだ・・ここに居た白装束の方が局長の近藤さんだ。あんたが水無月を持って来てくれなかったら腹を切っていただろう。」


「やはりそうだったのですね・・。」


「たかが菓子なれど武士にとって請け負った事を違えるのは死を意味する故・・総司も必死だったからあんたに刃を向けたんだ。」


「よかった・・無理して持ってきた甲斐がありました。」


「しかし・・あんたは大丈夫なのか?」


「はい、たぶんお尻を何回か叩かれるくらいですわ。」


そう笑う私に斎藤様は真剣な顔で


「尻を・・それはいけない・・なんなら俺が代わりに打たれよう。」


冗談交じりに言ったつもりだったのに・・・斎藤様はお優しい。


それが始まり。


あの後本当に斎藤様は父の前でお尻を向けたので店中の者が驚いたほどでした。


父も新選組自体は相変わらず好きにはなれないが、同じ男として斎藤様の事は認めたようだった。


それから巡察の途中だったり、非番には立ち寄って下さるようになり、お互いの呼び方も斎藤さん、名前と変わっていった。


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