わたしは自分の素直になれない性格が好きじゃない。
それというのも、その厄介な性格のせいで好きな人に中々アタックできないでいるからだ。
わたしの好きな人は同じ課の土方課長。
若くして課長の地位まで昇りつめているだけあって仕事もできるし、それにおまけして顔もいいと来たものだから、うちの会社で彼のことを知らないというものはいないくらいだ。
そんなすごい人を好きになったわたしだけど、もちろんこの恋が叶うなんて図々しいことを思っているわけではない。
ただ彼の傍にいられるだけでいいと思っていた。時々、土方さんの席までコーヒーを持って行ったりして、少しお話ができるだけでいい。
だからわたしは今日もお昼ご飯を食べた後に給湯室でお湯を沸かし、土方さんのところまでコーヒーを持っていくのだ。
「土方さん、コーヒーどうぞ」
「あぁ、名前か。いつもいつもすまねぇな」
「いいえ、わたしもコーヒー飲みたかったですし」
「そうか」
土方さんはいつものように一言わたしにお礼をくれるとコーヒーの入ったマグカップに口を付ける。
そんな彼の言葉に満足しつつも、わたしもコーヒーが飲みたかったからなんて素直じゃない自分に少し嫌悪したりもしていた。
本当は自分の分のコーヒーなんて入れていない。土方さんのためだけにコーヒーを入れているのに。
『あなたのために入れました』なんて可愛らしいことが言えたら、今のこの関係も少しくらいは進展したりするのだろうか。
「美味しいですか?」
「あぁ」
「そうですか、よかったです」
それだけ話すと次の言葉が見つからなくなる。これもいつものことだ。
ここで何か別の話題でも見つけられたらもう少し土方さんの傍にいられるのに。
…と、わたしがそんなことを考えていると、突如聞こえる楽しげなんだかよく分からない騒がしい声が耳に届く。
なんだろう?そう思ってその声がするほうに顔を向ければ、同じ課の沖田さんと斎藤さん、それから隣の課の原田さんと平助くんが集まって何やら話し込んでいるみたいだった。
「何の話をしているんでしょう。楽しそうですね」
「楽しそう…か?平助が半泣きになってんぞ。それよりあいつら、会社で無遠慮に騒ぎやがって」
「まぁまぁ。お昼休みなんですし大目に見てあげてくださいよ」
「…ったく」
土方さんは一つ大きくため息を吐くと、沖田さん達のほうを一つ睨んでから再び仕事を始めてしまった。
あぁ、それも土方さんの悪い癖。まだ少しお昼休憩が残っているのに時間一杯休まずに仕事を始めてしまうんだ。
まぁそういうところにわたしは惹かれていたりするんだけど。
頑張っている人には支えたい尽くしたいと思ってしまう性分だ。
尤も、わたしなんかコーヒーを入れることくらいしかできなくて、毎日忙しくしている土方さんの支えになれているなんて厚かましいことは少しも思っていないのだけど。
そしてお昼休憩は終わり、わたしは自分のデスクに戻って仕事をする。
今日はやらなきゃいけないことが多くて定時上がりは無理だろうなと、そんなことを考えながらひたすらにキーボードを叩いた。
*
「はぁ…やっと終わった」
時刻は夜の8時。わたしは作業していたファイルを圧縮して土方さんにメールで送った後、結構大きなため息を吐いた。
最近残業が多いから疲れてるんだろうなとかそんなことを考えながら伸びを一つ。
すれば後ろから「随分大きいため息吐いてんじゃねーか」と呆れたような笑い声が聞こえた。
振り向かなくても分かる。この声は土方さんだ。
「土方さん!まだ残ってらしたのですか」
「まだって…俺はずっとここで仕事してただろうが」
「ご、ごめんなさい…自分の仕事にばかり集中してたから気が付かなくって。てっきりわたしが最後なんだと…」
「別に謝ることねぇだろ。終わったのか?」
「はい、一応…。土方さんにメール送りましたよ」
「ん…、確かに届いてんな。あれだけの仕事よく今日中に終わらせられたな、偉いじゃねぇか」
「あ、ありがとうございます…」
土方さんに褒められたこと、土方さんと二人きりなこと。それらが相まってわたしの頬はカアッと熱を持った。
うわー、こんなの見られたら好きってバレバレじゃない。そう思ったわたしは土方さんのほうに向けていた体を慌ててデスク側に戻して頬に手を当てた。
そうして自分の気持ちを落ち着けるも束の間、すぐに土方さんに「一緒に帰るか」なんて声を掛けられ。
「は、はい!わたしでよければお供致します!」
「たかが駅まで一緒に帰るだけだろうが」
テンパりまくってよく分からない返答をするわたしに、土方さんは苦笑していた。
わ、わ、絶対に変なやつって思われたよね。
距離を近づける前に、変人だと思われて距離を置かれちゃたまらない。