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いつからこんなことになったのかはもう思い出せない。
ただ二人でいる時間が、
安心から不安へ
心地よさから重苦しさへ
いつの間にか変わっていただけのことだ。






―time to say goodbye―







――温めて食べてね。


そう書かれたメモと冷えた夕食。
時計を見ればもう午前一時を回っていて空腹も通り過ぎてしまった。


もうきっと名前は眠ってしまっただろう。起こさないように静かに置かれていた食事を冷蔵庫へと入れ、代わりに缶ビールを取り出した。


プシュと小さな音。
苦みとアルコールの香りがぬけるはずなのに何故か味がわからない。


ふうとため息をついてビールをテーブルに置くとソファに寝転んだ。


何を…考えていたのだったか。
ああ、そうだ。
いつからこんなことになったかということ。


俺と名前は学生の時から付き合っていた。
出会った瞬間を俺は今でも覚えている。
ちらちらと桜が舞うキャンパスの敷地内にあいつがぼんやりと立っていた。
入学式だというのに会場にも向かわず、ただ空を眺めていた彼女に何故か目を奪われたのだ。



特別美人でも可愛いというわけでもない、まさに平凡な感じだったというのに。
桜吹雪の中にいる彼女から目が離せなかったのだ。



がらにもなく声をかけ、俺達は一緒に入学式の会場へ向かった。
そこで同じ学部だったことを知り、大学に入学して初めての友達になった。



それからは特に珍しいことはない。
一緒にいる時間が増え、互いのことを知り、互いに惹かれあって付き合うことになった。



名前と過ごす時間は楽しく、幸せという言葉がぴったりだと思った。



出会ったことも偶然ではなく、運命なのだと。
そんなもの信じていなかったくせに信じたくなるほど。
俺は名前が好きなのだ。



あいつが柔らかく笑う顔が好きだった。
…もうどれぐらいその顔を見ていないのだろう。
最近は泣いた顔、悲しそうな顔しか見ていない気がする。



むくりと起き上がり再びビールを口に含んだ。
こうして俺が会社から帰って酒が飲めるのも、何か食べ物があるのも全部名前のおかげなのだ。
互いに違う会社へ入社し、週末はこうしてどちらかの家にいることが当たり前になって。


なのにどうして。
こうやって少しずつ離れていくのだろう。



原因は俺だ。
好きな仕事に就き、どんどん新しい仕事を任されるようになってこうして帰るのが夜中になることが増えた。
別に浮気をしているわけでも遊んでいるわけでもない。
それが俺に罪悪感というものを持たせなかったのだろう。
名前が待っていてくれても優しい言葉をかけることもできず、それどころか自分が先に眠ってしまうこともあった。
出かける回数も減り、突然予定をキャンセルすることも増えた。



俺は仕事に夢中になりすぎた。
名前が悲しい顔をしていることに気付けなかった。
寂しい気持ちを抱いていることに気付けなかった。
傷つけていたのに、俺は何もしなかったのだ。




そして。
俺達の運命はただの偶然へと姿を変えていった。




俺達の共通の友人、総司から呼び出されたのは先週のことだった。
名前は総司に相談をしていたらしい。
それほど彼女を追いこんでいたことにすら俺は総司に言われるまで気付いていなかったのだ。


沖『一君。僕名前ちゃんのこと好きだよ?君が名前ちゃんのこと大切にしてるって思っていたから僕は身をひいたんだ。だけど…もう見てられないよ。』


そう言われて俺は。



何も言い返せなかった。

    

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