――新着メールはありません。
朝起きてすぐにメール問い合わせをするのが癖になってしまった。
原「・・女か、俺は。」
名前とケンカをして1週間。
それから電話もメールもしていない。
こんなことは付き合ってから初めてのことで。
・・そもそもケンカをひきずるのが初めてなんだ。
多少なりとも言い合いはしていたが、だいたい俺が折れていた。それが一番早いし、特に何も思っていなかった。
ただ今回は。
「左之のばか!!!」
彼女が大きな声でそう言うとバタバタと部屋を出て行ったのは先週の金曜日。
次の日が休みだからと俺の家で飲むことにした。
可愛い見た目から想像できないぐらい酒豪の名前は店で飲むより家で好きなだけ飲みたいタイプだ。
お互い酔っていたのもあるし、正直何が原因で口論になったのかも今となっては思い出せない。
多分たいしたことじゃないことでケンカしたんだ。
いつもならすぐに追いかけるか、電話して悪かったよって言って。
それであいつが私もごめんって言って終わるんだ。
なのに。
原「なんで俺は謝らなかったんだ?」
それすら思い出せない。
いつも俺ばかりおれるのが癪に障ると思ったんだろうな。ただそれだけ。
原「・・それでこのざまだ。」
それからお互いメールも電話もしていない。
原「今更なんてきりだしゃいいんだよ。」
こうして朝からもんもんと悩むんだ。
こんなに彼女のことで悩むなんて・・人生で初めてだぞ。
新「左之、おせえぞ。」
原「わりぃわりぃ。」
同期の新八はもうパソコンを立ち上げて仕事を始めていた。
原「でも、まだ10分前だぜ?」
苦笑いで隣の席に座った。流れ作業のように目の前のパソコンの電源を入れる。
新「もう少し早めに来てるのが社会人ってもんだろー。」
豪快で筋肉馬鹿に思われがちだが(いや、それも正しいが)仕事はきっちりやるタイプだ。
だが、それが女の子にはなぜか伝わらないんだよな・・。
新「そういやお前、名前ちゃんと仲直りしたのか??」
原「げほっ。」
飲みかけていたコーヒーを少し噴き出す。
こいつは変な所鋭い。
原「げほっ・・お前なんで・・。」
新「だって名前ちゃん最近このフロアで見ないし、お前からのその話でてこないし。」
原「まぁ・・そのうちするから。」
新「そのうちだぁ!?お前・・正気か!?」
原「な・・なんでそんなに興奮してんだよ!」
新「あんな可愛くて、スタイルもよくて、気立てもいい!モテモテの彼女をよく放っておけるよな!?」
原「そりゃ・・信用してるし。」
新「ばかやろ!名前ちゃんにその気がなくても周りが放っておかないんだぞ!」
原「う・・。」
いつの間にか向かい合うようにして新八に説教されていた。・・周りの視線が痛いぞ、新八。
新「あ、千鶴ちゃーん!」
少し遠くに千鶴が歩いているのが見えた。
名前と同じフロアで仕事をしているので彼女とも顔見知りになっていた。
千「おはようございます。永倉さん、原田さん。」
新「今日も可愛いなぁ・・。」
原「新八、顔がデレデレだぞ。」
新「千鶴ちゃん!最近名前ちゃんの様子はどうだ?」
千「え?」
原「おい、新八!」
千「えっと・・その。原田さん、何かあったんですか?」
原「え?」
千「名前さん・・荒れてます!!!」
原「あ・・荒れて?」
千「毎日のように飲みに行ってますよ。昨日は私、一昨日は他の後輩の女の子と行ってたんですけど・・。名前さんたくさん飲むから女の子達が毎日はついていけなくて。」
そりゃそうだ。
男より飲むんだぞ。そこらへんの女の子で対応できる相手じゃない。
千「だから、今日は沖田さんや斎藤さん、土方さんと飲みに行くみたいです。」
原「なっ・・。」
新「何ー!?!?」
俺の叫びは新八の口から先に出ていった。
だから、なんでお前がそんなに気にしてるんだ。
新「どうするんだよ!左之!土方さんと斎藤、総司だぞ!!!」
原「どうするんだって・・大丈夫だろ。」
新「だからなんでお前はそんなに余裕なんだ!」
千「でも・・名前さんは原田さん以外の人に揺れることはないと思います。」
新八とは対照的に千鶴は力強く俺に言ってくれた。
千「飲みに行っている時もずっと原田さんの話でしたから。」
ニコニコしながら言われると照れるな。
千「八割は左之のばかー!でしたけど・・。でもさみしいんだと思いますよ?そろそろ仲直りしてくださいね。」
そう言うと千鶴は自分のフロアに戻って行った。
新八も落ち着きを取り戻し、仕事を続ける。
俺も。
デスクに向かうが、心ここにあらず。
本当は気になって仕方ない。
すぐにあいつのところにいってごめんって言って俺と飲みに行こうぜって言いたい。
土方さんに斎藤に総司だと?
俺と付き合っているのは知っているはずだが・・狙っていないとは限らない。
しかも皆それぞれに女にとっては魅力的だろ。
いや、名前に限って浮気なんてありえねぇ。
だけど・・。
そんな状態で仕事がまともに進むはずもなく。
俺は残業することになった。
ほとんど人のいないフロア。
集中しやすいが時々名前のことが頭をよぎる。
もう飲みに行っている時間だろう。
原「・・集中集中・・。」
目の前の敵を片付けろ。
俺は書類に手を伸ばした。