普段なら足音はなるべくたてないよう移動する廊下をすれ違う隊士が驚くほどに音を立てて俺は走っていた。
目指すは奥の局長室。もしかしたら副長もいらっしゃるかもしれない。
焦りと緊張からか喉が渇く。
たいした距離もないのにこんなにも遠く感じるなんて。
「山崎です。失礼します。」
返事も待たずに襖を開けるなんて本来あるまじき行為だ。
なのに全く自制ができなかった。
「ん?山崎君じゃないか。」
「なんだ?何事だ?山崎。何があった。」
「山崎さん…。」
そこには局長、副長、そして彼女がいた。
三人は突然現れた俺に目を丸くしていたが副長が小さくため息をつき口を開いた。
「ちょうどいい。お前に頼みがある。」
「頼み…ですか?」
「こいつの新しい働き先を探してやってほしい。…わけあってここで働けなくなった。」
「名字さん。総司のことは了解したが…すぐに仕事を辞めなくてもいいんだぞ?」
「近藤さん、こいつが居づらいのわかるだろう。早く外に出してやれよ。」
どうやら沖田さんに気持ちがいかないことは伝えたようだが俺とのことは一切言っていないようだった。彼女と一瞬目が合ったが小さく頷かれた後視線を逸らされる。
「そうか…。では山崎君、頼んだよ。…そういえば何か用があったのではないのか?君らしくない入り方だったが…。」
「局長…。俺は…。」
「山崎さん。」
俺の言葉を遮るように彼女が話始めた。
「お手数おかけします。よろしくお願いいたします。」
まるで俺は無関係なんだと言わんばかりの態度。
俺が彼女を好いてるとわかれば組長の婚約者を横取りしたようなものだと思われても仕方ない。そうなれば俺に何らかの処分が下る…そう思ったのだろう。
だから彼女も沖田さんも俺のことは何も言わないつもりなのだ。
俺は…彼女を沖田さんから奪っておきながら…。
二人を傷つけることをしておきながら…。
二人に守られて生きていくつもりか?
「局長、副長。お話があります。」
「ん?どうした?」
「彼女は自分の大切な人です。」
「山崎さん!?」
「どういうことだ、山崎。」
副長の低い声に彼女が口をつぐんだ。
「そのままの…意味です。申し訳ありません。沖田さんといずれは夫婦になる人だとわかっていながら俺は彼女を好いてしまいました。」
「山崎さん…なんで…。」
「いずれわかることだ。君を一人にするつもりなんてない。」
「近藤さん、土方さん、私が…私が好きになってしまったのです。山崎さんのせいではないんです!だからどうか、彼は…。」
「二人とも落ち着いて。えっとつまり…山崎君と名字さんが?」
「なるほど、そういうことか。」
驚いている局長と対照的に副長は冷静に状況を把握したらしい。小さく息を吐くと組んでいた腕をとき片手で頭をかいた。
「大人の男女の間に口出すのは野暮ってもんだろ。なあ、近藤さん。」
「ああ。お互いが思いあっているなら素晴らしいことじゃないか。」
「どうせ総司も知ってるんだろ?あいつが認めているなら俺達は別にかまわねえよ。でもまぁ名字はどっちにしろここを出たほうがいいだろうな。」
副長はそう言うと用は済んだだろうとばかりに手で外に出ろという合図を送ってきた。俺は立ち上がると隣の彼女の腕を掴んで立ち上がらせる。
「新しい家を探してくるといい。山崎君、屯所の近くなら君も行き来しやすいだろう。」
笑顔の局長に深く頭を下げて俺は部屋を出た。彼女の腕は掴んだまま、屯所の外へと向かう。無論彼女の家を探しに行くためだ。
いつか彼女には沖田さんの思いも伝えたい。そうしなくては不公平な気がする。そしてたとえ沖田さんの気持ちを伝えても、彼女が不幸を感じないように、俺を選んでくれたことを後悔しないように、俺は彼女を精一杯幸せにしたいと思う。
「あ、山崎さん。」
「雨が上がったな。」
「はい。」
「…行こうか。」
「はい!」
彼女の腕を掴んでいた手をずらして小さな手を包んだ。
終