パチンと乾いた音が響いて俺は踏み出しかけた足を止める。
叩いたのだ。彼女が。沖田さんの頬を。
驚いたのは俺だけだったようで沖田さんは叩かれた頬をおさえることもなくただ彼女を見ていた。
「ひどいです…そんなこと。山崎さんは関係ないです。」
「へえ。関係ないとは思えないんだけど。」
「私が誰を思おうと自由じゃないですか。沖田さんがそんなこと言う人だったなんて…。」
「仕方ないじゃない。だって…君のこと、離したくないんだ。」
「っ…。」
沖田さんの言葉に彼女の心に罪悪感が生まれていく。
当たり前だ。あんなことを言ったのは沖田さんが本当に彼女のことを…。
俺は、本当に沖田さんから彼女を奪って良いのか?
あんなにも思っているのに。
「…近藤さんの所へ行きます。」
それ以上いたら揺らぐと思ったのだろう。
彼女は走るように屯所の中へと入って行った。
「ねえ、追わなくて良いの?」
「!」
動けないまま固まっていた俺に飄々とした声がふってくる。
顔を上げると目の前に沖田さんが移動していて、俺は気配にも気付けないぐらい気が動転していたようだ。
「名前ちゃん、行っちゃったけど。君も説明したほうがいいんじゃないの。」
「沖田さん…。」
さっきまで彼女と話していた人と同一人物とはとても思えない口調だ。
まるで自分は無関係の人間だと言わんばかりの…。
「好きだよ。本当に。」
「沖田さん…俺は…。」
「でもさ、名前ちゃんは君が良いんでしょ。」
「…。」
「君じゃなきゃだめなんでしょ。」
初めて見た。沖田総司のこんな目は。
「ああいう風に言っておけばさ、僕の印象最悪じゃない。そうしたら彼女も僕への罪悪感なんて消えて…生きていける。」
「わざと言ったんですか!?」
「僕が山崎君と幸せになりなよとでも言えば良かったの?そしたらずっと僕や近藤さんへの申し訳なささと一緒に生きていくんだよ。そんなの幸せじゃない。」
「っ…あなたは。」
本当に。心の底から。
「何で君が泣きそうな顔するの、山崎君。」
「何で俺が泣かなくちゃいけないんですか、沖田さん。」
すぐに顔を下に向け、精一杯の言葉を返した。
でもきっと震えている。沖田さんには伝わってしまう。
「ねえ、もし名前ちゃんが泣くようなことがあったらさ。僕何が何でも君を斬るからね。」
「…はい。」
「切腹覚悟で君を切り刻んであげるからさ。」
「はい。」
「…ほら、早く行きなよ。今すぐ斬られたいわけ?」
俺は深く頭を下げて沖田さんに背中を向けた。そして彼女を追いかける。
もっと早くはっきり伝えればよかったんだ。
そうしたらきっと…
二人の傷はもう少し浅かったはずなのに。