「山崎。」
「はい?」
久しぶりの非番で何をしようか考えながら歩いていた。もうすぐ梅雨になる。傘の手入れもしなくては…いや、薬の調合もあったなと悩んでいたとき突然副長に声をかけられた。
振り向くと副長に隠れるように彼女も立っていて何事かと思う。
「今日非番だったよな?悪いんだが買い出し手伝ってやってくれねぇか?」
「買い出し…ですか?」
「担当の隊士が腹壊して寝込んじまってな…こいつ一人にさせるわけにもいかねぇだろ?総司は巡察だし…。」
「土方さん、私一人で買い物ぐらいできますよ!」
「量が多いだろうが。女一人じゃ無理だ。」
「いいですよ。俺が行きます。」
「でも…。」
「すまねえな山崎。頼んだ。」
副長はそう言うと自室の方へ歩いていった。
残されたのは彼女と俺。
まともな会話は初めて会ったあの日以来していなかった。
とにかく用を済ましてしまおうと俺は支度をしてくると一言告げ自室に戻った。
何を…話せばいいんだ?
いや、普通にすればいい。
玄関に向かうと彼女は外を眺めていた。
その横顔は涼しげでここが屯所だということを忘れてしまう。
「山崎さん!すみません、非番なんですよね?」
「いや、俺も特に用があったわけではないので…。」
「今日はお野菜とお魚と…買うものたくさんありますよ!」
「では行きましょう。」
そういって俺達は屯所をあとにした。
爽やかな青空。店に向かうまでに思いきり遊び回る子供たちをたくさん見かける。
「賑やかですね。」
「え?あ、ああ。そうですね。」
「山崎さん子供好きですか?」
「子供は…嫌いではないですがどう接していいかわからないときがありますね。」
「…私もです。」
「え?」
「実は苦手だったりします。」
困ったように笑う彼女の横顔に思わず目を丸くする。
女性というものは無条件に子供が好きなものと思っていたがそういうわけでもないらしい。
「可愛いとは思うんですけどね。時々こんなことでいつか母親になれるのかと思います。」
沖田さんは子供が好きだったな。
もしかしたらそんな話もでているのかもしれない…そう思った。
あれから三月が過ぎたが婚姻の話は進んでいなかった。
とはいえ沖田さんが全くその話をしないとも思えない。彼は彼なりに将来を語っているだろう。
「いいんじゃないですか?」
「え?」
「皆が皆、得意なものなどないんですから。無理矢理好きになる必要もないですし…。」
「山崎さん…。」
…俺は何を言っているんだ?
言葉を溢してから何か恥ずかしさが込み上げてきてすぐに誤魔化そうと思ったのに。
「ありがとう。」
安心と感謝。
そんな感情がたくさんつまった笑顔を見てしまったら。
言いかけた言葉を飲み込んでしまう。
そして同時に。
よくわからない感情が、音が、心の中に産まれた気がした。
あの買い出しに一緒に行った日から、彼女のことが目につくようになった。
理由など深く考えなかった…が、視線が交わる回数が増えていくことに気づき、その頃には自然に会話する時間も増えていた。
時には沖田さんと三人で縁側に座ることもあり、以前では考えられない光景に通りがかった副長が目を丸くしていたほどだ。
でもある日見てしまった。
「っ!?やっ!」
誰もいないと思ったんであろう屯所の庭で。
彼女を抱き締める沖田さん、そして振り払う彼女。
「名前ちゃん…ごめんね?」
「あ、いや、その。ごめんなさい!驚いてしまって。」
「ううん、僕が悪かったよ。お詫びにお団子…食べに行かない?」
「はい!」
すぐに沖田さんが謝り、彼女も慌てて返す。
惚れた弱味か、沖田さんは無理強いはしないようだがまだ彼女との距離が縮まらないことに少し焦りを感じてるのではないだろうか。
縮まらないでほしい。
「っ!?」
すぐに襲った感情に自分で驚く。
俺はつまり…
その感情を受け入れてしまってはいけない。
明らかに警鐘がなっているのに…
止まらない。
止められない。