あの日から数日たって、僕はすっかりあの子のことなんて忘れていた時のことだった。
非番で何もすることがなく、京の町をふらふら歩いているといきなり声をかけられた。
「こんにちは。」
沖「…君は。」
そこに立っていたのはまぎれもなくあの子で。
この前会ったときとはちがって少しだけ微笑んでいた。
「あの時はどうも。あなた、新選組の方だったんですね。」
きっと誰かに聞いたんだろう。
新選組も今ではすっかり京に知れ渡っているから。
沖「…どうも。新選組の沖田総司です。」
この名前を出せば、子供じゃない限り大抵の人は目を丸くして逃げようとするんだけど。
この子は逃げるどころか頭を下げてきた。
「この間は失礼しました。…でもあの時の言葉は本当です。私はあなたに感謝します。」
沖「君…変わってるって言われない?」
「いいえ?」
彼女の名前は名前というらしい。
僕達が話しこんでいたのは彼女が働いている料理屋の前で、今は準備中だったみたいだ。
「兄は…よくわからない人達にお金でつられたんでしょう。何の腕もないのに刀なんて持って…。」
沖「そう。君、僕を怨んでないの?」
「はい。」
沖「怖くないの?」
「え?」
沖「人を斬れる人間が怖くないのかなって。」
「…戦とは、そういうものでしょう?」
やっぱり変わってる。
たとえ死体が転がっていても、仲間が死んでも、僕たちはそれを蹴り飛ばしてでも進まなきゃいけないところで生きている。
だけどこの子は違うはずだ。
なのに、どうして。
「どちらも悪くなくて、どちらも正しくない。…そう思うだけです。」
沖「そう。」
「あ、今度うちの店来て下さい!なにかご馳走しますから。」
そう言うと彼女は店の中へと戻って行った。
変な子だなと思いながら僕はまた歩き出す。
この時僕が、あの子の店に行こうかななんて馬鹿な事を考えなければ。
何度そう思っても、時が戻ることはなかった。
それから時々名前ちゃんに会いに行くようになった。
非番の時はご飯を食べに行ったし、巡察中も時々顔を出して様子を見ていた。
彼女の腕の痣も消えて、たくさんの笑顔を見られるようになった。
そしてある日。
平「あーーー美味い!やっぱ名前が作ってくれたってだけで美味いよなあ!な!新八っつぁん!」
永「その通り!この煮物も絶品だぜ!」
沖「はいはい、静かにしなよ。名前ちゃんが驚いちゃってるから。」
「あはは…。」
僕は初めて平助君や新八さんを連れて彼女の店へ行った。名前ちゃんは一人じゃなかった僕を珍しそうに見ていたけど、平助君も新八さんもこの性格だからすぐに受け入れられたみたいだ。
「新選組の方ってやっぱり怖い人じゃないんですね。」
平「そーだよ!別に俺達誰かれ構わず斬るとかしねえのにさ。みんな壬生狼壬生狼って…。」
永「まあ仕方ねえだろ。知らない奴からすりゃ俺達もただの人斬りだからな。」
沖「そうだね…。」
「そんなことないですよ。」
平・永「「へ?」」
名前ちゃんの言葉に平助君と新八さんが目をぱちぱちとさせる。
「わかる人にはわかりますよ。」
ふわりと微笑む彼女にきっと三人とも目を奪われていたはずだ。
平「そ…そうだよな!さっすが名前!」
永「あああありがとおよお!!泣けてくるぜ!」
沖「だから、二人ともうるさい。」
「ふふっ。」
騒がしい食事を終えた後。
店を出ようとする僕を名前ちゃんが引きとめた。
「あの、沖田さん。」
沖「何?」
「明日お休みなんですよね?お昼、食べに来てくれませんか?そろそろ新しいおかずを出そうと思っていて…。」
僕の感想を聞きたいと告げる彼女にいいよと答える。
先に店を出た平助君でも新八さんでもなく僕だけに言ってくれることが嬉し…
嬉しい?
「じゃあまた明日。」
彼女に言われ、僕は店を出た。
平助君と新八さんは待っていてくれたみたいで、僕たちは屯所へと向かっていった。
平「段々あったかくなってきたよなー。」
永「おう!花見しながら酒だな!」
平「いいねえ!それ!」
相変わらずうるさい二人の後ろを黙ってついていく。
ふと道端に小さな花が咲いているのが目に付いた。
いつもなら気付かないで歩いていただろうに。
どうしてだろう。
君と話すようになってから些細な変化に気づくようになった。
殺風景だった世界に色がついたような。
でも同時に怖い。
この気持ちはなんだろう。