暗闇に響き渡っていた刀のぶつかる音と断末魔の叫びが消えて、闇に再び静寂が訪れた。
刀についた血を振り払い、落ちなかったものを懐紙で拭きとってから鞘に収める。
斎「総司、大丈夫か?」
沖「誰に聞いてるの、一君。傷一つつけられてないけど?」
斎「そうか。」
一君は刀を収めながら転がる死体を見つめていた。羽織は赤く染まっているけれど一君も怪我はしていないようだ。
斎「戻って副長に報告する。」
沖「はいはい。面倒だなあ。歩いていたら斬りかかられたんで返り討ちにしました…でいい?」
歩きながらそう言うと一君の眉がぴくりと上がる。無意識に口角が上がっていた僕を見ての反応なのかな?
斎「総司。他にも得た情報はちゃんと伝えろ。敵の中に長州の訛りを持った者がいただろう。」
人を斬った後でも笑っていられる不謹慎さを怒ったわけではないのか。
一君って時々わからない。
だけどお説教は土方さんに次いで長いから僕はわかってるよと伝えた。
沖「まあ、ほとんどはけしかけられたこの辺りのゴロツキだろうけどね。」
つく相手を間違えたんだね。
あ、刀をむける相手が悪かっただけなのかな?
沖「どっちにしろ可哀想だね。」
斎「?」
何のことだ?と首を傾げる一君に僕は何も言わずに首を振った。
それ以上追及してこないところが彼らしい。
僕たちは早歩きで屯所へと帰って行った。
本当可哀想だよ。
こんな真っ暗で、殺風景な世界が最期の場所なんてさ。
ああ、違うか。
こんな生き方しか知らない僕達には当たり前の場所なんだ。
―冷たい刃―
まだ明るくなって間もない町を一人で歩く。
首を回したらパキパキと音がした。寒いせいか少しだけ肩が凝っているようだ。
沖(ほんと土方さんは人使いが荒いんだから。朝っぱらから様子を見てこいだなんてさ。)
町外れに向かって足を進める。人も少ないせいか奉行所の人間もまだ来ていないようだった。
明るくなってはっきりとわかる、昨日の現状。
赤黒くなった血だまりの中にゴロゴロとまるで置物のように人が転がっていた。
道行く人も目を逸らし、走るように通り過ぎている。
そんな中。
一人の死体の前に佇んでいる女の子がいた。
年は僕より一つか二つ下といったところだろう。
沖(身内…かな。)
面倒ごとに巻き込まれるのは勘弁だ。
だから僕は通り過ぎ、死体は転がったままで、新選組と戦ったという痕跡は残っていないですよと土方さんに伝えるために屯所へ戻るつもりだった。
通り過ぎようとした足が止まる。
違和感を覚えた。
沖(…?)
彼女は無表情だった。
泣きもしない。叫んで喚くこともない。
それどころか悲しみすら彼女から感じられない。
沖(これじゃまるで…。)
彼女が殺したみたいだ。
そんなわけないことは自分が一番わかっている。
沖「ねえ。」
僕は思わず彼女に声をかけた。普段ならありえない行動に自分でも不思議思う。
すると彼女はちらりと視線だけをこちらへよこした。相変わらずの無表情。
沖「そんなところで何をしてるの?珍しいものじゃないでしょ。」
死体はあっちこっちに転がっている世だ。
身内でもない限り目を逸らして通り過ぎるのが普通だと思うんだけど。
「兄。」
沖「え?」
小さいけれどはっきりと通る声がした。
「兄なんです。これ。」
足元の死体を見て彼女は続ける。
自分の兄の死体を≪これ≫呼ばわりとは。思わず目を丸くした。
「薄情だと。非道だと思いますか?」
沖「…いや。」
僕が彼女を非道だなんて言えるわけがないじゃない。
実際にこの手で何人もの人間を殺しているというのに。
「どこのどなたか存じませんが。感謝したいくらいですよ。」
本当に変わった子だと思った。
忘れていたかのように時々瞼がおりる。
彼女の表情はほとんど変わらない。
ここまでひどく言えるのは…
「だってもう、殴られることも蹴られることも、お金を全て持っていかれることもないんです。」
ああ、やっぱり。そういうことか。
怨んでいたらこの態度も納得がいく。
着物でほとんど見えないが、袖から覗いている手首には痣があった。
沖「そう。…だったらいつでも聞いてあげるよ、感謝の言葉。」
「え?」
やっとこっちを向いた彼女の目に少しだけ感情が垣間見れて僕は思わず微笑った。
沖「じゃあね。」
彼女は何か言いかけていたけれど、僕は無視してその場を去った。
ああは言っていたけれど、いざ目の前に家族の仇がいたら…どう思うかなんてわからないからね。