段々暗くなってきた海沿いの道をのんびり歩いている。
本当に私は何をしているんだろう。
無言なのにそんなに居心地が悪くないことに驚きながらも沖田君についていった。
沖「名前ちゃん、楽しかった?」
「え?うん。」
前を向いたまま、急にそんなことを聞いてくる沖田君に思わず頷いた。
するとそれは良かったと振り向いて笑う。
何で。
そんな楽しそうに笑うんだろう?
沖「あのさ、僕考えたんだけど。」
「何?」
沖「名前ちゃんが生きて、居続ける理由。」
「…やめてよ。恥ずかしいから。」
沖「でも、真剣に悩んでたんじゃないの?時々ああやって、ふっと消えたくなるんじゃないの?」
「っ…。」
だから、何で。
わかっちゃうのかな。
ふっと心を占めようとする私の暗い考えが。
沖「あのさ。僕と付き合ってほしいんだ。」
「…は!?」
突拍子もないことを言いだす沖田君についていけない。
人の心を読んだと思ったら今度は。
付き合ってほしい???
沖「昨日の今日で信用できないかもしれないけどさ。本当は名前ちゃんのこと、もっと前から知ってたんだ。時々電車で見かけたから。」
「そうなの?」
沖「いつか声をかけようとは思ってたんだけど、タイミング掴めなくて。でも昨日、やっと話せた。」
「…。」
見られていたということに驚くが、別に嫌悪感はない。もうすでに話す仲になってしまったからかもしれないけど。
沖「昨日の名前ちゃんは悲しそうな、寂しそうな顔で。放っておけなくて。」
「そんなことはないよ。」
沖「あるよ。でね、考えたんだ。名前ちゃんの居続ける意味。」
「何?」
沖「僕の為に生きててよ。」
切なそうな表情で。
少し嗄れた声で。
ただ一言そう言った。
沖「君が居たら僕は幸せで。嬉しくて、楽しくて。だから、消えてほしくなんかないよ。」
そんな風に思ってくれたの?
だから、あんなに楽しそうに笑ってくれたの?
だから…あんなに悲しそうな顔をしてくれたの?
「私、沖田君のことよく知らない。」
沖「うん。」
「沖田君も私のことなんて知らないじゃない。なのに…。」
私を思ってくれるの?
必要としてくれるの?
沖「知りたいんだ。もっと。君のこと。」
「うん…。」
そんな風に言われたら。
消えるわけにいかないじゃない。
だって沖田君の悲しい顔を見たくないって思う自分がいる。
沖「だから、また会ってくれる?」
「うん。」
沖「約束だよ?」
そう言って笑う沖田君の手をとって。
私たちは駅へと向かう道を歩き出した。
それからというもの。
消えたくなる衝動にかられるということが全くなくなった。
沖「名前?名前??」
「え?何?総司。」
沖「何じゃないでしょ。ぼーっとして。せっかくドレス選んでるのにさ。」
パラパラとドレスを着たモデルさんが写っているカタログをめくりながら総司が頬を膨らませる。
「あ、ごめん。」
沖「…何かあったの?」
まだ私の中の衝動を恐れているのか、総司が眉を下げて私を見ていた。
「違うよ。思いだしてたの。出会った時のこと。」
沖「そうなの?」
「うん。で、あの時の私の頭の中が全然思いだせないぐらい今が幸せだなって思えたの。」
総司の手からカタログを奪い取って私はドレスを選び始めた。
半年後に私たちは結婚する。
出会ってからもう五年、そろそろ結婚もいいなって思っていた時に総司からプロポーズされた。
うんって頷いた時の総司の笑顔は忘れられない。
沖「名前。」
「なあに?」
カタログを持ち上げ、それで隠すように総司が私にキスをした。
「ちょ!!!ここどこだと思って!!」
ドレスを選びに結婚式場に来ていた私たちは係のお姉さんにカタログを渡されてドレス試着をするのを待っていた状態だった。
…幸いお姉さんはここにはいないけど。
沖「ふふっ。可愛い。」
「総司!」
沖「ねえ名前。」
「?」
沖「これからも一緒にこうやって笑っていよう?名前がいないなんてもう考えられないんだから。」
ずっと傍に居てね、僕のお嫁さん。
そう言って微笑む総司に何でか泣きそうになる。
ずるいよ。もうわかってるくせに。
私が総司を置いて消えるなんてできないこと。
私も総司がいない世界に行こうなんて思えないこと。
「これからもよろしくね?花婿さん。」
沖「はい。…愛してるよ。」
そう言って総司はまた私のおでこにキスをした。
これからも二人で。
ここに居続ける理由を作って行きたいと思う。
終