駅の改札を出て深呼吸。
腕時計を見るとバスの時間までまだけっこうある。何か飲み物でも飲もうかと自動販売機に向かった。
「あれ。小銭なかったかな?」
財布をあけると見事に小銭が一円玉と五円玉しかない。
しかたなく千円札を出そうとした時、チャリンと自動販売機に小銭が吸い込まれる音がして、ゴトンと何かが落ちていた。
沖「はい。」
「あ、さっきの…。」
あったかいお茶を私の方へ差し出したのはさっきの男の子だった。
私がお礼をするならともかく、何で私がお茶を貰うの??
「えっと…?」
沖「大丈夫?」
「さっきはごめんなさい。貧血かな…。」
沖「そう?僕には…。」
自分から吸い込まれていったように見えた。
適当にごまかそうとした私を見透かしたような一言。
自分もコーヒーを買い、壁にもたれて飲み始めた。
名前も知らない他人と一緒にお茶を飲みながら話すなんて今までしたことがなかったのに何故か逃げる気にもならなかった。
「そう?」
沖「うん。だけどなんていうかな…。別に死ぬ気はなさそうなんだよね。思いつめてた感じはなかったし。」
なんだろうこの子。
超能力でも持ってるの?
「確かに思いつめるようなことはないかな。だけど。」
沖「だけど?」
「…別に居続ける理由も見つからない。」
ごくりと飲んだお茶が食道を温める。
体温のもとを得たかのように冷えていた指先が温まり始めていた。
「ああ、でも気にしないで。死のうとか思ってないし。本当にあの時は一瞬ふらっとしただけだから。」
沖「居続ける理由って何?」
「だ…だから…。」
気にしないでって言ってるのに。
どうしてそこに食いつくかな?
「私が生きて、ここに居る理由。」
…寒いよ。
自分で言ってて寒いんだから聞いてるあなたはもっと辛いでしょう?
変な女に声をかけたと自分で自分を責めるがいいわ。
「お茶ご馳走様。それじゃ…。」
沖「沖田総司。」
「は?」
沖「僕の名前。で、君は?」
「名字名前…。」
しまった。
なんか勢いで答えてしまった。
沖「ふーん。名前ちゃん。明日暇?」
「は??」
沖「明日、十時にここに集合ね。」
「ちょ…ちょっと沖田君?」
沖「はい。」
ズイっと音がでそうなぐらいのスピードで沖田君が携帯を突き出してきた。
アドレスを交換しろってこと?
え?何?これ…ドッキリ?いや、むしろ新手の詐欺?この子顔はいいもんね。壺とか買わされるの?
沖「…詐欺とかじゃないよ。僕は薄桜大学の学生。」
完全に疑った目で見ていた私に、ほらと学生証も見せてくれる。
いや、でも今時そんなもの簡単に偽造できるよ?
沖「じゃあ今はいいや。明日。来てね?」
「え?あの?沖田君!?」
沖「ばいばい。名前ちゃん。」
ニッと笑って沖田君は駅の外へ向かっていった。
しばらく呆然と立っていた私もバスの時間に気がついて走るように駅を飛び出した。