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松「井吹君、明日は休みなさい。」


診療所を閉める準備をしているといきなり松本先生が俺に言ってきた。
どうしてと身振り手振りで伝えるとここ最近休みを取っていないからだという。
俺としては別にどこか悪いわけでもないし、休んだところですることもないが松本先生に休みをとるのも仕事と言われ大人しく受け入れることにした。


自分の部屋へ戻ると明日は何をしようかと考えているうちに眠りについていた。
どうやら自分が思っているより疲れていたらしい。










 「いーーーぶき君!!」



龍『!?』



突然の声に目を開けると見慣れた天井。
そのまま視線を横にずらすと名前が立っていた。



龍『…名前!?』


本当は名前を叫んでいるはずだが声にならない声がひゅうと気道を通り抜ける。


 「今日お休みなんだよね!?松本先生から聞いたんだ。もしも暇だったら出かけようよ!」


ね?と思い切り楽しそうな笑顔見せられて断る理由もなかった。
何より少しでも一緒にいられると思うだけで嬉しくなる。つくづく単純だ。


名前に外で待っていてもらい、俺は服を着替えるとすぐに外へ出た。

さっきは寝ぼけていてよく見ていなかったがいつもより少し明るい色の着物を着た名前は可愛かった。
そんなことをさらりと伝えられればいいんだろうけど俺には無理だ。うまく言える方法を知らない。


どこに行きたいのかゆっくり聞くと町を歩こうと俺の腕を引っ張った。


よく考えてみればこうして二人で町を歩くのは初めてだった。
そりゃそうか。俺が誘うことも名前が誘うこともなかったからな。
二人で歩いていると見慣れた町も違って見える。気がつかなかった風景に気付かされる。



 「お腹すかない?あそこでお茶しようよ。」


龍『ああ。』


大きく頷くと名前は少し小走りで店に入っていった。俺も早足で追うと嬉しそうにお団子も頼んじゃったと報告してくる。


運ばれてきた団子に名前が手を伸ばそうとして止める。
どうしたのかと首を傾げるとみたらしと餡の団子を持ってどっちがいいか聞いてきた。


龍『俺はどっちでもいいから好きな方を食べろよ。』


となんとか伝える。



 「えー。じゃあ餡のほうもらう!みたらし好き?」


龍『ああ。』


――好きだ。


団子の話ならこんなにも簡単に好きという言葉が言えるのか。
といっても言葉になってはいないが。


おいしそうに食べている姿を見て心が和む。
声を失う前にはなかった感情だ。
あの時は周りの奴らや環境のせいにして何もしなかった俺だったけど。
今は少し変われたんだろうか。
少しは前に進めてるんだろうか。




 「あれ?やっぱりみたらしより餡が良かった?」


団子を食べない俺に名前が心配そうに声をかけた。


龍『いや、こっちがいい。』


そう言って一口食べる。


甘いものがすきなわけではない。
だけどおいしいと感じるのはきっと。
お前と一緒にいるからだ。



龍『好きだ…。』


自然とこぼれた言葉に自分で驚いた。
だけど。


 「ん?どうしたの?」


龍『いや、なんでもない。』


お茶を飲んでいた名前は俺の口の動きに気がつかなかったらしい。



声が出なくてよかった。
お前にこの思いが聞こえないから。
お前にこの思いが届かないから。

   

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