先生のとなり | ナノ
 夏の暑さにやられただけだし

受験生にとって一番大事なのは夏休みだ!!!

とか、どっかの予備校のCMで流れていた気がするのを思い出した。


(涼しい部屋なら頑張れるけどね…。)


窓を開けていてもじわりと汗がにじむ。
隣の席を見れば沖田君はすでに沈没していた。よく寝れるよね、この暑いのに。


夏休みに入ってすぐ、私達三年生は夏期講習が始まった。
自由参加なんだけど(成績があまりにひどいと強制)勉強は教えてもらえるし、塾にいくお金もかからないからけっこうな人数が参加していた。


「お前らこれ出るぞー。センターによく出題されるから覚えておけよ〜。」


頭にタオルをまいた永倉先生が黒板をバンッと叩き続けて文字を書いた。
決して上手ではないけれど大きくて見やすい字。永倉先生らしいと考えながら黒板に書かれていく公式をノートに書き写した。


「よーし!じゃ、今日はここまでな。質問あるやつは職員室来いよー。涼しいぞー。」


涼しいなら行く行くと何人かが永倉先生について教室を出ていく。
他の数人も荷物をまとめて教室を出ていった。
図書館に行くか、帰るか。どっちにしろこんな暑い教室に残り続ける変わりものはいないだろう。


「あっつー…やっと終わった?僕もかーえろっと。」

「何しに来たのよ、沖田君。」

「古典の成績だけ悪いから強制参加。別に数学は必要ないから寝てただけだよ。」


少し不機嫌そうにカバンを掴む沖田君。
きっと土方先生に言われたんだろうな。だけど律儀だよね、ちゃんと来るんだから。


「沙織ちゃん帰らないの?」

「帰るよ。暑いもん。」

「一緒に帰る?何か冷たいもの飲んで帰ろうよ。」

「あ、いいね。それ。」


私が立ち上がろうとした瞬間、教室のドアが開く音がした。
沖田君も私も音の方を自然と見る。
そこには土方先生が立っていた。


「残ってたのか?」

「もう帰りますよ、暑いですもん。今から僕達デートしてきますんで。」

「へ!?」

「デートだあ?お前らいつから…。」

「ちっちがっ!」

「土方先生には関係ないでしょー。沙織ちゃんいこ。ちゃんとおうちまで送ってあげるから。あれ?家近いんだっけ?」


私の腕を掴み教室を出ようとする沖田君。
ちょっと待って。付き合ってないでしょうが!
私今は恋なんてしてる余裕ないし、先生に誤解されるじゃん!

…いや、別に誤解されたらまずいとかないか。
ううん!内申とかに響いたら嫌だし。…先生がそんなことで内申下げたりするわけないか。あれ、私何で焦ってるの?


「香坂。」

「はい?」

「忘れていた。お前に返却するもんがあった。ちょっと待ってろ。」

「え?」

「土方先生、それ明日じゃだめなんですかー?」

「ああ。親御さんに渡してもらいたいもんだ。総司、時間がねえなら先帰ってろ。デートとやらは明日にのばしてくれ。」

「明日部活じゃないですか。わかってるでしょう?顧問なんだから。」

「ちっ。そうだったな。」

「まあいいや。じゃあまた明日ね沙織ちゃん。デートはまた今度。」

「だっだからデートじゃないってば!」


私が叫ぶように返すと沖田君はくすくすと余裕の表情で教室を出ていった。
からかわれているのはわかってるけど…悔しい。



沖田君を見送って先生を見る。
するといつまでも動く気配がないから思わず聞いてしまった。

「先生?母に渡す物があるんじゃ…。」

「ねえ。嘘だ。」

「…は?」

「何もねえよ。嘘だ嘘。」


しれっとそんなことを言って先生は一番前の席に座った。
…何言っちゃってるんですか、先生。




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