▼ 強がってなんかない
夏休みはあっという間に過ぎ去った。
本当にあっという間。
受験生だからそう感じるのかな、とても焦るんだけど…。
学校に夏期講習に行き、他は家や図書館を利用して勉強をした。
時々友達と遊んだり、家族で食事にも行ったけれど今年は我慢、我慢。
来年、大学生になれば自由な時間も増えるだろうしね。
「九月だっていうのに暑い…昔からこんなに暑いんだっけ?」
「それなりには暑いでしょ。残暑ってやつじゃない。」
隣から不機嫌な声が聞こえてきてさらりと答えた。
沖田君は暑さにも寒さにも弱いらしい。彼の好きな季節って春と秋ぐらいなんだろうな。
「それにしても夏休みはあっという間だよね。暑い間はずっと休みにしておいてほしいよ。」
「それじゃ教科書終わらないじゃない。」
「そこは自分でやるんだよ。そうしたら必要な人はやるし、必要じゃない人はやらなくてすむでしょ。」
「沖田君、確実にやらないでしょ。」
「当たり前。僕理系だし古典なんて特にいらな…いたっ!」
開くことすらしていない古典の教科書を私に見せつけていた沖田君の頭からポコッと可愛らしい音がした。見上げると土方先生がこめかみをぴくぴくさせながら丸めた教科書をかまえている。
…叩かれたんだね。
「ちょっと、体罰なんですけど。」
「何が体罰だ。教科書ぐらい開きやがれ。」
「だって僕受験にいらないもん、古典。静かに授業受けているんだから放っておいてくださいよ。」
「静かに受けてりゃ放っておいてやる。隣の邪魔をするな。香坂は受験に必要な科目なんだよ。」
「はーい。」
不服そうに返事をする沖田君を確認した後、先生はこっちを見た。
「お前も相手すんな。授業に集中してろ。」
「し…してますよ。」
「そうか。」
「っ。」
何それ。
何その微笑み。
最近先生がとても優しく感じるのは気のせいなのかな?
夏期講習の間、よく先生に質問しにいったせいかな?
教科書に顔を戻すけど何だか顔が熱い気がして下を向くことしかできなかった。
最近、私おかしいんだ。
気がついたら先生を目で追っていて。
特に何もなくても質問があるとかいって先生のところへ行ってしまう。
これじゃまるで…。
「沙織ちゃん。」
「はい!?」
「顔が赤いけど。」
「え?」
沖田君が小声で話しかけてくる。思わず彼を見ると少しだけニヤリとしていた。
「風邪?」
「そ…そうかな?夏風邪?」
「ふーん。」
彼はすぐにノートに視線を戻した。どうやら違う科目を勉強するらしい。
ただでさえ顔が熱いのに心臓がばくばくする。
これじゃまるで…まるで私。
先生のこと…。
だめだ。認めたらそこでもう決定になるんだ。
だから、認めちゃだめなんだ。
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