先生のとなり | ナノ
 未来は私の勝手です

机に向かって次の日の予習をしていると玄関から物音がした。

「お母さんかな。」

「帰ってきたみたいだね。ご飯準備してあげるかー。」

「あ、いいよ。お姉ちゃん。私がやってくる。喉も乾いたし。」

「ほんと?ありがと、沙織。」

お姉ちゃんを残し、私はリビングへと向かう。
すると床にカバンを投げ捨てソファに倒れ込んでいるお母さんがいた。

「お母さん。おかえり。ご飯食べる?」

「あーありがとー…。いつも助かるわ。」

看護師をしているお母さんは女手一つで私達三人を育ててくれている。
大変なはずなのに弱音は吐かないし、仕事を嫌と言ったこともない。
尊敬するなあ。
むくりと起き上がったお母さんは腕をぐるぐる回して肩をほぐすとテーブルにつく。

「今日はお姉ちゃんのハンバーグだよ。」

「お、洋食デーだねえ。楽しみだ。」

「今あっためるから。はい、お茶。」

冷蔵庫からお茶を取り出して先に出しておく。
お酒は次の日が休みの日にしか飲まないんだよね、お母さん。

「そういえば…隣、担任の先生なのね。」

「…え!?何で!?」

お母さんの発言に思わず箸を落とした。
私が驚いているとお母さんは笑ってどうしたのよと聞いてくる。
いや、こっちが聞いてるんだけど。

「さっきちょうど会ったのよ。ドアの前で。向こうも今帰りなのね〜先生も大変ね。」

「あ…そ。」

「挨拶されたわ。それにしてもかっこいい先生ね。」

「お姉ちゃんが騒いでたよ。」

「でしょうねーあの子イケメンに目がないから。」


お母さんの前にご飯やハンバーグを並べていくと嬉しそうに手を合わせて食べ始める。
なんかどっちが子供かわかんないよね。


「沙織。進路のことで先生に何か言われたんでしょ?」

「う…。」

やっぱり何か言われたか。先生め余計な事を。

「別にお金のことは気にしなくて良いのよー?私立でもかまわないわ。行きたいところあるなら…。」

「別に私立に行きたいところがあるわけじゃないし。お金勿体ないから国立目指すよ。あと資格とれるとこかな…。」

「まあ資格はあると便利ね。だけどね、そんな難しく考えないでやりたいこととか興味あることで調べたらいいんじゃない?」

「やりたいこと…。」

「昔は保育士さんがいいとか言ってなかった?」

保育士…はいいなと思うけど給料が安いという現実を知ってつい避けてしまった。
そんなこと言ったら全国の保育士さんに申し訳ないけれど、隼人がもし私立に行くとかなったら学費の援助もしなきゃいけないし、それを考えるとなぁ。


「あんたのことだから隼人もいるしーとか考えてるんでしょ。いいのよ、そんな難しく考えなくても。子供の面倒をみるのは親の責任よ。あんたは好きな事やりなさい。」

「うー…。」

にこっと笑顔を見せられると何も言えなくなる。
お母さん意外と頑固だから私からのお金なんて受け取らなそう。
それにしてもどうしようかな…最近経済的な事ばかり考えて夢なんて考えたこともなかった。


「土方先生って熱心でいい先生ね。」

「は?」

「きっと沙織さんは自分のことよりお母さんや弟さんのことを考えてしまってますから話を聞いてあげてくださいって言われたの。生徒一人一人ちゃんと見てらっしゃるのね。奨学金などのサポート制度は自分がきちんと調べますからって。あんたのこと心配してくれてるのよ。最近教師は良いニュースを聞かないけど、あの先生は大丈夫そうだわ。」


そう言いながらハンバーグをほおばるお母さんに職員室にいた先生を思い出した。
進路希望なんてそれなりに書いていたらそのままの先生が多いだろうに。
ちゃんと一人一人しっかり見てたから私の内容に疑問を感じたんだ。
なのに私…けっこうひどいこと言ったよね。問題を起こさなければ良いってわけじゃないのに。


「お母さん。私ちゃんと考える。だけど国公立は目指すよ。それぐらいはしたい。」

「はいはい。無理しないのよ。」

それだけ言って部屋へ戻った。
もちろん、進路志望のプリントを書きなおすために。







翌日。



「失礼します。」

朝、少し早めに学校へ向かい教室へ行く前に職員室へ寄った。
まだ来てなかったらどうしようと思いつつ、土方先生の姿を見つけて安心する。

「土方先生。」

「ん?あ、香坂か。早いな。どうした?」

「はい、書きなおしたのでよろしくお願いします。」

私から進路志望のプリントを受け取ると先生はすぐに目を通し…そして、少し眉をしかめる。大学は全て家から通える国公立だ。そこは問題ないだろう。
おそらく先生がひっかかっているのは…。

「教育学部…になっているが。お前教師志望なのか?」

「昔は保育士志望していた時期もありますが、教師に、できれば高校の教師になりたいと思います。」

「…俺が言うのもなんだが、大変だぞ。就職率もそんな高くねえし、何よりガキの相手は精神的にも肉体的にもしんどいぜ。」

苦笑いを浮かべる土方先生にこっちもつられて笑ってしまう。

「先生、生徒相手に言う台詞じゃありません。」

「ばーか。現実を教えてやってんだよ。それにしても何でいきなり教師だ?」

「…それは内緒です。」

「は?」

「親ともちゃんと話しあいましたから。それではまた授業で。」

それだけ言うと私は先生に背を向けてドアへ向かった。


未来は私の勝手です


素敵な先生に出会ったから…とか、言えるはずもない。

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