▼ 初めまして、お隣さん
「ただいま!!」
「お帰り、沙織。隼人がお腹すかせてるー。」
「はいはい、もう自分で適当に食べてくれれば良いのに〜。」
ドカッとスーパーで買いこんだ食料をキッチンにおろすと自分の鞄を置いてエプロンをつけた。リビングにはゲームに夢中の中学生の弟、分厚い辞書と教科書とにらめっこしている大学生の姉がいた。
お母さんが夜勤の時は食事は当番制になる。今日は私の担当だ。
すぐできるものがいいかと食材を見ながら考えているとお姉ちゃんがそうだっ!と机をバンと叩いた。
「聞いて聞いて!お隣さん引っ越してきたよ。」
「へー。」
「ちょっと!もう少し興味持ってよ!!」
それより目の前のレポートどうにかしたほうがいいんじゃないと視線をやるとお姉ちゃんは休憩休憩と苦笑いを浮かべた。
「すっげーイケメンらしいよ。沙織姉ちゃん。」
「ふーん。」
「だからあんたもう少し興味持ちなさいよ!!」
相変わらずゲームの手は止めない弟にため息が出る。
「隼人、あんた宿題やった?」
「終わったよ。今日少なかったし。それにしても俺も見たかったなー。サッカーしてたから帰ってきてなかったんだよ。」
「挨拶に来てくれたのよー!ほんと芸能人みたい!指輪してないから独身!!」
「お姉ちゃん狙ってるの?」
野菜を切りながら話しているといつの間にかお姉ちゃんが隣まで来ていた。
「さっきお菓子持ってきてくれてね!引っ越しは昨日のうちに終わったらしいんだけど挨拶に来れなかったって。うちは母が看護師であまりいないんですけど高校生の妹と中学生の弟と四人暮らしです!!って言ったらじゃあ力仕事で必要な事があったらぜひ言ってくださいって。今時いないよねーあんなイケメン!!」
「家族構成話すなよ、物騒だな。」
ごめん、お姉ちゃん。これは隼人の言うとおり…。
大学生なんだからしっかりしてくれ。
「あーあ大学にあんなかっこいい人いないかな。また会いたいな〜。」
私と隼人から呆れた眼差しを受けながら、お姉ちゃんは再びレポートと向き合い始めた。
もうゲームは止めたのか、夕食の準備を手伝い始めた隼人は私を軽くつついて言った。
「でもさ、沙織姉ちゃんは興味ないわけ?」
「私?」
「イケメンらしいじゃん。」
「ないない。私はね、受験生なの。お母さんが働いている分家事もしなきゃいけないし、金銭的に考えて国公立狙いたいから勉強もしなくちゃいけないわけ。お隣のイケメンなんてどうでもいいの。」
「枯れてんなー。」
「あんたの嫌いなにんじんまみれにしてやろうか?」
「すみませんでした。」
お皿や箸を持って隼人はさっさとリビングへ逃げていった。
でもその通りなんだ。
私は恋なんてしている場合じゃない。
春休みも昨日で終わり、今日は始業式だった。
明日からは授業も始まるし気合いを入れなきゃいけない。受験生ってやつだ。
それに…担任はあの厳しいと噂の土方先生だ。
今日の帰り道、ふっと入学式のことを思い出したけれどあの時以来、ほとんど話すこともなく関わることもなかった。
大丈夫かななんて少し不安だけど、真面目にしてれば怒られることもないだろう。
「…あれ、醤油ない。」
まだあったと思っていた醤油がないことに気付いた。
使わなくてもなんとかなるけれど醤油はよく使うしなぁ…。
「ごめんお姉ちゃん。醤油ないから買ってくる。」
「え?大丈夫?一緒に行こうか?」
「いいよ、すぐそこだし。」
私は一度火を止めると財布を持って近所のスーパーへと向かった。
「スーパーとか行くとつい欲しかったもの以外も買っちゃうんだよね…。」
スーパーの袋には醤油だけじゃなくお姉ちゃんや隼人の好きなお菓子まで入っている。ついつい見ちゃうんだよね…。
駄目だなあなんて考えながらマンションのエントランスに入りエレベーターに乗って部屋へ向かおうとした。
すると丁度、ガチャリと音がしてお隣さんのドアが開いた。
お姉ちゃんが言っていたイケメンってどんな人だろうと思わず開いたドア見つめてしまう。
「え…。」
「…。」
信じられないけれど。
そこに立っていたのは今日から一年間私の担任になる人。
「土方先生?」
「香坂…何でお前こんなところに?」
「えっとーあの…。隣です。」
初めまして、お隣さん
突然のことに、思わず荷物を落としそうになりました。
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