素敵なお話(銀魂) | ナノ
 


本日も絶好調、どの角度から見ても完璧天使(パーフェクトエンジェルと読む)な山崎さん。それを物陰から唇噛み締めて見つめる私。
傍から見るとおそらく怪しいことこの上ないが、ここ数ヶ月間で既にこれが朝の習慣となってしまっている。だからしゃーない。

「ぐぬぬ…」
「よう地縛霊、今朝もいい具合に怨念籠ってんな」
「ぎゃっ!?お、沖田さん、人の後ろで何してるんですか」
「地縛霊の観察」
「いや違いますから」
「じゃあストーカーの観察」
「うっ…」
そう言われると完全には否定できない、だって地縛霊では絶対にないけどもし山崎さんがこれをストーカー行為だと言うのなら私は手をついて謝る他ないから。山崎さんとはまるで正反対、悪魔のような笑みを浮かべる沖田さんになにも言い返せなかった。すると。

「あっ名字大変でィ、あれ見ろ」
「え?」
「たまさんおはようございます。あれ、もしかして今日はいつもとメイク違ったり」
「おはようございます山崎さん。いえ、特に何も変わりありませんが」
「あれ?そうなんですか、でもなんだか今日は一段と…」
「山崎さんこそ今日もカラクリハラスメントですか、略してカラハラですか。そろそろ本気で訴えますよ」
「……すみませんでした」
沖田さんの指差した先には、一番見たくなかった光景。しょんぼりと項垂れる山崎さんがいた。

…これはあくまで噂話で、山崎さんから直接聞いた訳ではないのだが。たった今私のアイドル山崎さんに向かって「訴える」などと言ってのけた彼女は社内人気ナンバーワンと呼び声高い受付嬢のたまさんで、山崎さんもまた彼女にハートを奪われた一人だった(らしい)のだが、何度もアプローチをかけては玉砕しての繰り返し(らしい)。しかしこの話は既に過去の話だという人も多く、その真偽のほどはわからない。

わかるのはただ一つ、山崎さんがたまさんに対して、今でも少なからずの好意を抱いているということ。それが今でも「恋」なのか、はたまた「憧れ」なのか…「親愛」に変わっているならいいなとは思うけど、それを確かめる勇気は流石にない。

「ふっ、すっげー顔」
「…沖田さんのせいじゃないですか」
うん、わかってる。自分が今とんでもなく不細工な顔してるってこと。でも仕方ないじゃないか。

「山崎さんがあんな顔するのは…この先もたまさんにだけ、ですかね」
山崎さんはいつだって優しくて、暖かくて、困っている人には必ず手を差し伸べるような人だ。もちろん私にだって。
でもあんなふうに照れくさそうにはにかんだり、なんでもいいから話をしようと必死に話題を探したりするのはたまさんにだけ。頭では理解しているし、毎朝この目で見てはいても、それに慣れることも諦めることもできなかった。

「ならお前が山崎の好みの女になればいい話じゃねえかィ」
「好み、って」
「よくわかんねェけど。なんかああいうクール系?みてぇのが好きなんじゃねーの。無表情で淡々としてるかんじ」
「…そうか。つまりたまさん的なイメージですね!」
「……言っといてなんだが、お前それ自分で言ってて悲しくならねぇかィ?」
これはいいことを聞いた、と気を良くした私は早速脳内で作戦を立て始める。顔は無表情で、言葉には抑揚をつけない。よし、これでいこう。
頭の中で何度もそう繰り返しながら歩を進めていくと、少し先にエレベーターを待っている山崎さんがいることに気づく。もう先ほどのようにしょぼくれてはいなかった。
途端に心臓がばくばくと高鳴ってしまい、その場で立ち止まってとりあえず深呼吸をする。すると沖田さんがすっと前に出て行って、先に山崎さんの肩を叩いてしまう。まだ心拍整ってないのにひどい。

「山崎」
「沖田さん、おはようございます。あっ名字さんも一緒だったんだね、おはよう」
いや親指グッじゃないよ沖田さん、あんた何してくれちゃってんの。爽やかな笑顔を惜しみなく披露してくれる山崎さんからは死角になる位置で、沖田さんがにやりと嫌な笑みを向けてくる。ああもうどうしようこれ、どうすればいいんだこれ。完全にテンパってしまった私を山崎さんが不思議そうに見つめているのがわかる。…これはもう、うまくできるかわからないけど。やるしかない。

「……。おはようございます」
「……。えっと、名字さん?」
「はい、なにか」
先ほどよりもますます怪訝そうな表情を浮かべる山崎さん、そして口元を手で覆いながらぷるぷる震えている沖田の馬鹿野郎。そうだよね、普段どちらかというと明るいだけが取り柄なのに急にこんなんなったらおかしいよねこの反応が当たり前だよね。
このカオスな状況でますますテンパってしまった私はそれ以上何も言えず、冷や汗で背中をじっとり濡らしながら俯くことしかできなかった。そんな私を、山崎さんが下から覗き込んできて。

「大丈夫?もしかして具合悪い?」
その言葉でついに沖田が噴き出してしまい、山崎さんだけでなくたまたまそこに居合わせた人たちの視線をも集めてしまった。

その場をなんとか切り抜けた後も、山崎さんは一日中「本当に大丈夫?」「辛かったらちゃんと言ってね」と声をかけてくれ、恥ずかしいやら申し訳ないやらでも会話が増えて若干嬉しいやら。目が合うたびに例の親指グッを繰り出してくる沖田には何か小さな不幸が今月中に三つくらい起きますようにと心の中で念じておいた。




翌日昼休み。
山崎さんが部署内でも特に仲の良い原田さんと連れ立って社外に昼食を食べに行くのを確認してから、食堂で本日の日替わり定食をもさもさ食している沖田さんを捕まえる。

「沖田さん、お隣いいですか」
「よォ名字、体調はもういいのかィ。…プッ」
「あなた今プッって言いましたか、言いましたよね。…まあそれはいいです、昨日の一件についても何も言いません。だからなんか情報ください」
沖田さんは性格もあれだし私の気持ちに関しても多分面白がっているだけだろうけど、それでも山崎さんにとって最も近しい人間であることは間違いない。年は離れているが私よりは付き合いが長いし、私にはよくわからない類いの話を仲良さげにしているのも何度だって見てきた。

それに万が一沖田さんが山崎さんに何かバラしたとしても、この人いつも適当なことばっかり言ってるから信用されない可能性のほうが高い。「もーまた何言ってんですかあんたは」で終わるはずに違いない。そんな打算もあって、私はこの恋の相談相手に最も適しているのは沖田さんだと思ったのだ。…つまり昨日やらかしてくれたぶん話くらいは聞いてくれてもいいだろう、というのが本音。

「そーだねィ…そういえば例のあの女、機械と話せるらしいぜ」
「……それは…俗にいう不思議ちゃん、というやつですか」
「俺も最初はそう思ってたんだが、あながち嘘って訳じゃなさそうなんでィ。あの女に見させるとそれまで調子の悪かったコピー機が急にすらすら読み込むようになったとか、女子社員が水没させちまった携帯を奇跡的に復活させたとか。…そうかと思えば私物のパソコンぶっ壊されたって奴もいるんでどこまで本当かはわかんねェけどよ」
「へぇ…でもそれ、私絶対真似できないんですけど」
「…じゃあ機械のとこを動物さんか妖精さんにでも替えとけ」
「いやそれこそただの不思議ちゃんです」
話をしながら沖田さんが隙をついて私のA定食の唐揚げを一つ取り上げ、負けじと向こうのチキン南蛮に箸を伸ばしたが寸でのところで阻止される。…これは唐揚げの分!と言う代わりに、私は次の情報を聞き出すことにした。

「これもあの女絡みの話だが、大層気が利いて家事もうめぇらしいぞ」
「そうなんですか。なるほど…それなら私でも頑張ればなんとか」
「…名字よォ」
すかさずメモする私に、沖田さんは幾分低い声でそう言った。もしやまだ唐揚げを奪う気かと慌ててトレーを腕全体でガードするも、どうやら彼にその気はないらしく。

「別に元カノって訳でもねェだろ、なのになんでんな意識してんでィ」
「なんで、と言われても…でもどうせ今のままの私でも山崎さんが振り向いてくれることはありませんし、事実今までずっとそうでしたし。それなら参考にできるものはなんでも参考にしようと思って…。大体最初に言ったのは沖田さんでしょう、山崎さんの好みの女になればいいって」
「……お前、頭悪ィな」
「えっ何が?何でです?」
どの部分がそう思ったのか点でわからなくてそう聞き返すも、沖田さんは小馬鹿にしたように長い溜め息をついてみせるだけだった。その態度のせいで余計よくわからなくなって、余計むかついて、でも逆に火もついたというか。

「まあ見ててくださいよ、沖田さん監修のもと今月中…は無理だな、じゃあ半年中に必ず山崎さんを落としてみせますから」
「へーへー」
「なんですかそれやれるもんならやってみろよ的な意味ですか、やってみせますよコノヤロー!」
そんな捨て台詞を吐きながら昼ご飯を一気に掻き込んで、午後は他の皆が総じて嫌がる、俗にいう「女の仕事」に精を出してみた。お茶だしとかデスクを拭いたりとか、取引先の誰かさんがもってきたお菓子を分配したりとか。それを二週間程率先してやった。

しかし未だ山崎さんがそんな私に特別視線を向けてくることはないし、別段何か言うこともない。もちろんことあるごとにお礼は言ってくれるけど、それ以上なにもなかった。…当たり前といえば当たり前だけど。
しかし私はそんなことにいちいちめげるような女ではない。何しろこの部署に転属されて約二年、その間ずっと山崎さんを見ていたのだ。そして山崎さんの好意を一身に受けるたまさんを見てきたのだ。たかが二週間、あれやこれやと世話を焼く女に鞍替えするような山崎さんではないと私自身が一番よく知っている。

…じゃあ、どうすればいいか?なんて、それこそ私が聞きたい。




「お前、最近俺んとこ来ねェな」
「は?」
エレベーター前のクール系事件(今名付けた)から二ヶ月がたった頃。その日私は後輩のミスの尻拭いをするために残業をかって出て、灯りがほとんど消えたそこはかとなく不気味な雰囲気の中かたかたとキーボードを鳴らしていた。昔は自分がこれを誰かにさせる側だったのだなと思うと感慨深いところもあって、割と気分は悪くない。…今作成している見積書が山崎さんの担当であるという事実を除いても、多分そう思ったはずだ。
まあそんなこんなで、サビ残してる人間とは思えない程浮かれた気分で仕事していたのだ。そこに突然現れたのが沖田さんだった。

「山崎のことはもういいのかィ」
「いい訳ないでしょう、相変わらず大好きですよ」
「…不毛だなオイ」
「そういうこと言わないでくださいよ、泣いちゃいます」
キーボードを打つ手はそのままに、そう軽く流した。つもり。
だがなぜか今日の沖田さんはそれを許してくれないくらい意地悪だった。

「お前、むなしくなんねェか?前も言ったけどよ」
その言葉が何を意味するのか、いくら馬鹿な私でもわかった。思いがけない口撃にキーボードを打つ手が止まる。

「…むなしくないと言えば嘘になりますよ。当たり前じゃないですか」
だからこそ、素直にそう返した。すると沖田さんは、なにがお気に召したのか満足気に笑ってみせて。

「じゃあもっとちゃんとぶつかってやんなせィ。男っつーのは単純だ、そういう女を無下にはできねェよ」
なんだか突然いい男ぶってそう言う沖田さんに、口が裂けても直接言うことはできないが。正直意味が分からなかった。言葉の真意とかそういう意味ではなく、なぜ急にそんな親身というか、優しいっぽいこと言ってんだこの人は的な意味で。
はてなマークで脳内が埋め尽くされてます、な状態の私に向かって沖田さんは更に追撃するように言う。

「例の受付嬢な、お悩み相談の相手としても引く手数多らしい。これも参考にしていいぜ。…なんなら直接相談してみたらいいじゃねーか」
「なっ…」
笑い混じりにそう言う沖田さんに、誰がするか!とか、今さっきむなしくならないかとか言ったのはお前だろ!とか、手当たり次第に言いたいことをぶちまけた。しかし沖田さんが振り向くことはない。そのまま何を言うでもなく、(ぶっちゃけ更なる嫌味を覚悟した上での反論だったのだが)出て行った。
そうなったらそうなったで、時間が経てば経つ程、といっても数分にも満たないけど。もっとこう言ってやればよかった、などと怒りが沸々とわき上がる。書類作成のことなんかすっかり忘れて、ただそれだけに気を取られてしまっていた。

だからドアの反対側、そこでじっとこちらを伺っている様子の影に不意に気づいたそのとき。その人物は沖田さんだと信じて疑わなかった。

「なんですか、まだ言い足りないんですか!?」
「えっ」
怒りにかまけ普段出さないような大声でそう言うと、その人影はびくりと身体を揺らしてからなんとも間抜けな声でそう言って。その聞き覚えのある声が誰なのか気づくのに数十秒かかった。

「……や、ま」
「はい…山崎です」
山崎さんはゆっくり時間をかけながらドアを開き、申し訳なさそうに眉を下げた顔でそう言った。それを見た瞬間普段とは別の意味で動悸が激しく鳴る。

「ごっ…ごめんなさい!すみません!私別の人と勘違いしてて!ところで山崎さん今何か悩みとかありませんか!?」
「えっいや名字さんこそなんかすごい大変そうなんだけど!?」
どうしちゃったの一体!と、私のテンションがうつってしまったのかなんなのか山崎さんも随分興奮した様子でそう返してくる。…いけないいけない、ムカついてるはずなのについつい沖田さんの助言通り行動してしまった。何やってるんだ私は。

そんなことを考えてながら、なんとか気持ちを落ち着けて。多分この上なくぎこちない口調で、とりあえずお時間があるなら座ってはどうかと勧める。すると山崎さんは一瞬考えてから普段あやめちゃんが使っている私の隣の席に腰を下ろした。まさかの位置にどきりとして、お茶を淹れるべきかと悩む前に缶飲料を手渡されて。それがまたいつも私が飲んでいるものだと気づき胸がほっこり暖かくなる。短く礼を言ってからひんやりとしたそれに口をつけると、心の方も少しだけ冷静になれた。…はず。
その気持ちのまままず、やっとのことで、とっくに退社したはずの山崎さんがなぜここにいるのか尋ねることにする。するとなんと自分の使う見積書のために残業をしている私が気になって戻ってきてくれたとのこと。やっぱり優しいな、とその心遣いににやけそうになった。

「名字さんなら大丈夫だと思ったんだけど、なんか気になっちゃって」
「そんな、こちらこそかえってお気を遣わせてしまって。ちょうどもうちょっとで終わるところだったんです、ご心配おかけしてすみません!」
「あはは、…うん、そうだよね」
あれ、もしかしてなんか、私空回り?
山崎さんはいい人だけど、どうも人に気を遣いすぎというか、あえて悪く言うなら気が小さいというか。だからなるべく明るく返そうと思ったのだけど。山崎さんはそれにほっとするふうでも、笑ってくれるでもなく。なんだか寂しそうな笑顔でそう言って。

「あのさ…間違ってたらごめんね」
表情は笑ったまま、でも声だけは普段よりやや低い調子で、山崎さんは言った。私はそれになんと返していいか瞬時にわからず、思わず目を見開いた状態のままで続きを待った。

「名字さんって沖田さんと付き合ってるの?」
「……え」
心情的にはこんな短い言葉じゃなく、「ええええええええ!!」くらいは叫びたい気持ちだったのだけど。あまりに突拍子のないその言葉に頭がついていかなくて、言葉がでない。
すると何を勘違いしたのか、山崎さんは更にこう続ける。

「…その、こう言ったら悪いけど…。名字さんここんとこ様子がおかしいなってずっと思ってて。それで気になって観察してたら、なんか最近やたら沖田さんとよくつるんでたじゃない?それで……ごめんね、俺さっき偶然二人の会話聞いちゃったんだ」
「はいっ!?」
「えっ、あ…いやごめん、盗み聞きするつもりはなかったんだけど」
「ど、…どこ、から…どこから聞いてましたか」
「いやいや全然!名字さんが沖田さんに『お前なんか呪われろ!』とかなんとか叫んでるの聞いただけで」
「……、なんだ、」
「え?」
痴話喧嘩だったんじゃないの?とさっきまでの真剣な表情とは一転、きょとんとした顔で言う山崎さんを見て涙が出そうになった。
沖田さんとの仲を誤解されていたと知ったときはそりゃ驚くと同時に焦りもしたが、それまでの会話を聞かれていた方が私的には圧倒的にまずい。…そうじゃなかったと知っただけで、いや本当は今すぐ伝えたいくらいこの二年で大きく育ってしまった気持ちなのに。たまさんのことを考えるとやはり、「バレてなくてよかった」という気持ちのほうが大きかった。

「あの…すみません、説明が難しいんですけど。まず沖田さんと私はそういう関係ではありません、ただ相談に乗ってもらってただけで」
「沖田さんに……え、沖田さんに相談?」
「そう、ですけど」
「いやいやいや悩み事がなにか知らないけどさ、他にいくらでもいるでしょ、沖田さんなんかに相談するなんてまさに自殺行為だよ!?そんなんなら俺に相談しなさい!」
もしかしてそれで最近変だったの!?うわ俺深読みしすぎたよ恥ずかしいー!なんて。なぜか突然元気になった山崎さんについていけず、口を挟む余裕なんてある訳がなくて。

「ほんとさ、俺付き合い長いからわかるけど!相談相手に沖田さんを選ぶのだけはやめときなって、あの人の助言なんて聞いてもプラスどころか何もかもマイナスになるだけだから!」
「そ、そうなんですか…」
「そうなんです!絶対!!」
本当に、なにがどうしてこうなっちゃったんだろう。あの山崎さんが、私の愛してやまない完璧天使が今まさに私のことだけを考えて助言してくれていて、ほぼ奇跡に近い状況なのに。なのになぜか、まるで置いてけぼりを食らったような感覚がして言葉が出てこない。

そのままほぼ言いくるめられたような形で、なぜか山崎さんへの恋心を山崎さん本人に相談することになる。「なんでも聞くよ」と爽やかに笑う山崎さんを前に頭がくらくらした。

「えーっとー…なんと、いいますか。最初は成り行きみたいなもんだったんですけど、まあ要するに、沖田さんには恋愛相談をしていた訳で」
「へぇ、そうだったんだ…。じゃあ社内の人?…俺も知ってる人、かな」
お前だよ!とつい心の中でツッコんで。

「えぇ、まあ…。それで沖田さんのアドバイス通り色々アピールしてみたんですけど全然ダメで。…しか、も…なんか、なんか知らないですけど、っ…沖田さんはそれが間違ってるみたいな、意味わかんないこと言うし」
「…うん」
「しかもその人、すっごく好きな人が、ひぐっ、いるんです、だから」
「うん、うん…辛かったね」
途中から感極まってしまい、気づいたときには涙が溢れていた。でも心の中が100%悲しみで満ちているかというとそうでもなくて、なんだか遠回しに山崎さんを責めているようで、少し可笑しくもあって。
山崎さんが、あの、いつも遠くから見ていただけの骨ばった手で私の背中を摩ってくれている。その変わらぬ優しさに甘えることを選んだ。今ならすべて、吐き出せると思った。

全くまとまりのない言葉で、でも山崎さん本人の話であるということだけはバレないように気を遣って。山崎さんに見て欲しくてたまさんをずっと真似ていたという、短いようで長い話をした。本当はそんなんじゃダメだってわかってた、でもそうする以外考えられなかったと、ここ二ヶ月間の感情も吐露した。もうあんなことしたくない、でも山崎さんには好かれたい。そんな身勝手極まりない願望も恥ずかしげもなく口にした。
そんな話を一通り聞き終えた山崎さんは、その手を私の背中から頭へと移して。

「馬鹿だね、名字さんは」
「…はい、本当は自分でもわかってるんです。沖田さんにも言われましたし」
「あのね、ここだけの話。…沖田さん言ってたよ。名字さんはそのままで十分いいって」
「は……え?は?なんて?」
「俺さ、それもあって二人のこと誤解してたんだ」
山崎さんはへにゃりと柔らかい笑みを浮かべ、その後で可笑しそうに声をあげて笑ってから。さっき私がそうしたのと同じように、自分にとっての「ここ二ヶ月」を語り始める。

「まぁあの人、知っての通り天邪鬼だからさ。直接言葉で褒めたりしないけど」
やれ名字は他の雌豚よりはまあまあやるほうだとか、最近の豚にしては珍しく気の利く豚だとか。俺の嫁にするのはごめんだがどこぞの阿呆の嫁にするなら格好の豚だとか。豚豚うるせーよってくらい豚扱いだが、それは今に始まったことじゃないからいい。

それより、そんなことどうだっていい。あの沖田さんが、いつだってよくわかんない、人を小馬鹿にしなきゃ生きていけない病気なんじゃないかっていう沖田さんが。誰のためにそれを言ってくれたのか、他でもない私が一番わかっている。

「いやほんとさ、滅多にないんだよねそういうの。…だからどうしたって感じだけど。だって名字さん普通にいい子だって、俺も皆もわかってるし」
「……」
「だからその好きな人にもさ。ありのままの名字さんでいってみなよ、きっと大丈夫だから。……名字さん?」
沖田さんありがとうございます、そしてごめんなさい。啖呵切っといてなんなんですが、私それより、あなたの気持ちに一矢報いたいと思ったんです。…こんな感じで、明日にでも言ってやろう。そう素直に思えた。さっき「ぶつかれ」って言ってくれたその気持ちも、確かにわかったから。
ぶつかろうって、自分の意思で決めた。

「山崎さん」
「ん?どうかした?」
「好きです」
ど真ん中ストレート、ストラーイク。そんな声がどこからか聞こえた気がした。それもよく知る、どっかのドSの声で。
山崎さんは突然の剛速球に最初呆然とするだけで、その後で耳まで真っ赤になって。言葉にならない声をあげながら口をぱくぱくさせている。

「さっきの話は全部山崎さんのことです。私、たまさんみたいにはなれないけど」
ストライク2!なんてノリノリでいうドSの幻覚が見える。

「それでもあなたが好きなんです」
ストライク3!バッターアウト!…あ、こっち見てにやりとした。
私は今まで、ずっと山崎さんのことが好きだった。なのに一度だって想いを伝えようとはしなかった。思いつきもしなかった。誰のせいでもない、それは私の問題だ。だけど今、思ったよりずっとすんなり言うことが出来た。それは紛れもなく沖田さんのおかげだ。

一つ頷くと、沖田さんの幻影が満足そうに消えていく。それを確認してから山崎さんを見やるとさっきよりもっと真っ赤で、これももしかしたら幻覚かもしれないが湯気までたって見えた。

「き、気づかなくてごめん!!」
俺のことで悩んでくれてたのに偉そうにしてごめん。無神経に色々聞いてごめん。…無理させて、ごめん。
そんな沢山のごめんなさいにひとつひとつ、今度はゆっくり言葉を返していく。そのやりとりを繰り返しているうちに山崎さんも段々落ち着いたようで、ふう、と一呼吸置いてからこう言った。

「とりあえず、今日のお礼にご飯でも奢らせてくれませんか?…本当今更で、こんな俺に幻滅したかもしれないけど。もっと名字さんのこと、知りたいんだ」
「私は嬉しい、です」
「ほんとに?」
良かったあ、とほっと息をつく天使、いや山崎さんに、私は期待してもいいんだろうか。多分いいんだと思う。だってこんな取り乱した山崎さん、まるでたまさんの前にいるみたいに、余裕のない山崎さんを初めて見るから。

「山崎さこそ本当に私のこと、見てくれるんですか。これから」
「…あんなふうに言われたら、そりゃ…意識しないわけないでしょうよ」
突発的に聞いた言葉に、なんでこうも嬉しい言葉を返してくれるんだろう。今それを聞いてやっと、気持ちが届いたことを実感した。

うん、これからが、始まりだ。




prev|next

back

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -