「最近視線を感じるの。」
「視線?」

しずくが伏し目がちにそう言って俺は思わずペンの動きを止めた。二人でテスト勉強をしようと放課後の教室に残って早一時間。そろそろ集中力も切れるころだと休憩を提案しようとした時のことだった。

俺としずくは最近恋人同士になった。中学からの付き合いで俺はきっと当時からしずくに惚れていた。でも思いを伝えたのは五年もたった今である。好きだと告げると嬉しそうに頷いてくれたあの表情はしっかりと胸に焼き付いていた。
大切にしたい、これからも一緒にいたい。その思いは嘘ではない。ただ、一つ問題というか難関が立ちふさがっている。

「視線はいつ感じる?」
「うーん。学校にいる時とか、登下校の時かな…最近は土日も時々。」
「心当たりはないか?」
「ないの。」

そうか。ないのか。いや、嘘だろうと言いたい。
ちらりと視線をずらせば隠れたつもりなのだろうが廊下側の窓に影が見える。そう、視線の正体を俺は知っている。

「…兄貴はどうした。」
「え?総司のこと?」
「違う、もう一人だ。」
「新兄のこと?」
「ああ…。」
「今頃職員室じゃない?」
「そうではなくて…ああ、まぁいい。視線が気になるなら帰りも俺が送ろう。それなら大丈夫だろう?」
「本当!?ありがとう!」

嬉しそうに微笑むしずくに心癒されつつも廊下側から感じる鋭い視線にため息がでた。そう、視線の正体はこいつの兄貴の新八だ、間違いない。今も廊下から俺達のことを見張っている。

しずくには双子の兄の総司がいる。総司とも中学からの付き合いだから今でも度々帰りに寄り道することもあるがしずくと付き合ってからはどうやら空気を読んでくれているらしくあまり誘われなくなった。しかし問題はもう一人の兄貴だ。年の離れた兄の新八はこの学校の数学教師でもある。そして新八はしずくを溺愛しているのだ。
別にそれが悪いとは言わないがしずくに近づく男子生徒はことごとく追い払っている。俺はそれを何人も見ているし総司も呆れて何も言えない状態らしい。
俺は中学からの付き合いというのもありノーマークだったようだが最近どうやら勘付いているようだ。
こそこそするつもりはないがああも臨戦態勢だとどうしたものか考えてしまう。

「一。」
「どうした?」
「視線も怖いんだけど、一と帰れるの嬉しいな。」
「…それなら早く言えばいい。部活のない日は一緒に帰ろう。」
「いいの!?やった!」
「今日もそろそろ帰るか。遅くなると心配されるだろう。」
「はーい。」

俺達が帰り支度を始めると廊下側の黒い影も慌てて去っていった。とことんしずくには気づかれたくないらしい。

「そういえばこの前総司がね、駅前にできたアイスの専門店行ったみたいなんだけど美味しかったらしいから今度一緒に行こう?」
「…。」
「一?」
「あ、ああ。すまない。」

家まではそう遠い距離ではないが歩けば二十分ほどになる。話していればあっという間な帰り道も俺は鋭い視線が気になってしずくとまともに会話ができなかった。しかしどうやらそれはしずくも同じらしい。

「一…なんか視線感じない?」
「ああ。大丈夫だ。俺がいる。」
「うん!やっぱり一と一緒で良かった。」

ぎゅっと俺の腕にしがみつくしずくに思わず驚いて体が固まったがすぐにああ!という大きな声に肩の力が抜けた。

「…隠しきれないならやめればいいのに。」
「え?どうしたの?」
「永倉先生。もう気づいていますので出てきていただけませんか?」
「え!?新兄?!」

振り向いて少し声を張れば電柱の陰からひょこっと永倉先生が顔を出した。気まずそうに頭をかいてこっちへ近づいてくる。突然の兄の登場にしずくはひどく困惑していた。

「なんで新兄??」
「最近お前の感じていた視線は先生が原因だ。」
「ええ!?」
「斎藤!何でわかったんだ!?」

わからないと思っていたのか緑ジャージ。そして何故気が付かない、妹。

「先生、気が付かない方が難しいといいますか…。」
「新兄!なんで私のことずっと見てるの!?怖かったんだよ!?」
「すまねえ!怖がらせるつもりなんてなかったんだ!俺はお前が心配で心配で仕方がないんだ!もう体重も減りそうな勢いだ!」
「先生、それは気のせいです。筋骨隆々です。」
「お前に近づく悪い虫は兄ちゃんが徹底排除してやるからな。」

ギンッと音が鳴りそうな勢いでこちらを見てきた永倉先生に一瞬怯みそうになるがグッと堪えて見つめ返す。しかし俺の前にしずくが両手を広げて立ちふさがった。

「新兄!一は悪い虫なんかじゃないよ。私の嫌がることなんて絶対しないし、とても大切にしてくれるよ?私は一がいいし、一じゃなきゃ嫌だよ。新兄は私が選んだ人が信じられない?私のことも信じてくれないんだ…。」

俯きながら言葉を紡ぐしずくに永倉先生は慌てて手を大きく振り否定のリアクションをとる。

「そんなわけないだろう!?俺はしずくのことを信用する!だから斎藤も信用する!…あれ?なんかあっさり丸め込まれているような…。」
「先生、大丈夫です。丸め込まれてなんかいません、信じてください。」
「そうか…そうだよな。わかった。斎藤、しずくを泣かせたりしたら承知しないからな。」
「はい。」

承知しないの言葉がこれほど突き刺さるのは初めての経験だ。実際泣かせたりしたもんなら俺はおそらくどこかに埋められる勢いだろう。
学校へ戻ると言い去っていった永倉先生の背中を眺めて小さくため息をついた。

「一…ごめんね?あんなお兄ちゃんで。」
「いや、お前のことが大切なのだ。嫌いになったりしないでくれ。」
「はじめぇ…今の新兄が聞いたら泣いて喜ぶと思う!」
「俺も嬉しかったのだ。」
「え?」
「俺がよくて、俺以外ではだめなのだろう?」
「う…それ、今掘り返さなくても。」
「嬉しかった。ありがとうしずく。俺はお前を大切にする。」

両手で顔を隠しながら照れるしずくに思わず口角が上がってしまう。
手をなるべく優しく掴み自分の方へ引き寄せると驚いた表情をしたしずくの頬にキスをした。ようやく二人きりになれたのだ、これぐらいは許してほしい。

「は…一!!」

顔を真っ赤にしたしずくは頬を押さえながら口をパクパクさせていた。その様子に思わず笑えばすぐに全く怖くない睨みをきかせてくる。

「…新兄に言っちゃお。」
「それは勘弁してくれ。」

そっと彼女の頬に両手を添えると次は唇にキスをした。相変わらず顔は赤いが今度は照れたように笑ってくれている。その笑顔がたまらなく愛おしい。
どちらからともなく手を繋ぎ俺達は笑いながら再び家への道のりを歩き出した。しばらくは鋭い視線から逃れて過ごせそうだ。




→鞠様




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