多分私の一目ぼれだった。


昼間は焼き付けるような光を注ぐ太陽も今はオレンジ色に変化してもうすぐ姿を消そうとしていた。やがて訪れる夜に、涼しさに、そしてキラキラ光る特別な今日に誰もが笑顔で通り過ぎていく。近くの夏祭りへ向かう人たちをもう何人見ただろう。その中の一人になるであろう私はまだ待ち合わせ場所で一人立ち尽くしていた。


そう、これは私の一目ぼれ。生まれて初めて目が合っただけで恋に落ちた。そんなことあるわけないって思っていたのに、そんな物語の中みたいなこと。


仕事帰り、酔っぱらいに絡まれた私を助けてくれたのは銀さんだった。あっという間に数人を追い払い、涙目になっていた私の頭をぽんと撫でて家の近所まで送ってくれた。お礼をしたいと言えば名刺を突き出して仕事くれって笑ってた。こう言うと助けてくれたから好きになったみたいだけど違う、彼を見た瞬間、周りが見えなくなるぐらい、何も聞こえなくなるぐらい彼しか認識できなくなった。

ああ、これが恋に落ちるって言うんだ。落ちるって表現は的確なんだなと思った瞬間だった。


それからお礼に菓子折りを届けた。その時自分の名前は伝わった。彼の家兼事務所も知った。新八くんや神楽ちゃんの存在もわかった。だけど、それ以降は行けなかった。客でもないのにふらふら通うのもおかしいだろうし仕事もあった。いや、それは言い訳で…。踏み出すのが怖かった。


なのに私は銀さんのことを考えない日なんて一日もなくて。心の中のもやもやがどんどん増えて溢れそうで苦しくて。気が付いたら依頼と称して夏祭りに一緒に行ってほしいだなんて。そんなの。


「好きですって言ってるようなもんなんじゃ…。」


恥ずかしくて顔を押さえながら立っていた。夏祭りに行ってほしいと言った時の銀さんは目を丸くしていたけど少し考える仕草をしたあと、いいよと了承してくれた。その時はダッシュで家に帰ったのを覚えてる。恥ずかしくて死にそうだったからだ。


「悪い、遅くなった。」

ジャリジャリと足音が近づいてくると顔をあげればそこには銀さんがいた。いつもと違う鉄紺色の着流し姿に思わず言葉を失ってただただ見つめてしまう。その視線に気づいたのか銀さんは口角をあげて首を少し傾けた。

「何々ー?しずくちゃん銀さんがかっこよすぎて見惚れちゃった?」
「え!?いや!ち…ちが…!」
「違うの?それはそれでへこむんだけど。」
「あーいやーそのー!ほ、ほら行きましょう?銀さんお腹すいてないですか?」
「はいはい。」

ぐいぐいと腕を引っ張って歩き出す。もう絶対顔赤くなってる!!!

銀さんは大人だ。適当で軽いイメージもあるけれど結局は周りをよく見ている落ち着いた大人なんだと思う。そしてそれ故に中身がよくわからない。人のことばかり気にして自分のことはあまり出さないんじゃないかな。お礼をしに行って少し話した時にそう感じた。新八くんや神楽ちゃんもいたけれどけっこう長居してしまったのに私のことや二人のことばかり話題になって銀さん自身のことはよくわからなかったから。
今日はもっと銀さんのことを知りたい。


「しずくちゃーん。祭りは逃げないからゆっくり行こうぜ。あまり急ぐと転ぶ…。」
「きゃあ!」
「っぶねぇ…。」

銀さんに言われた瞬間思い切りつまずいて転ぶ…ところだった。銀さんに腕を掴まれて私は地面にダイブすることを免れた。

「ごめんなさい…。」
「楽しみなのはわかったからゆっくり歩け。」
「はい…。」

ゆっくりと歩き出した私達に会話が戻るのは五分後のことだった。

あちこちの屋台をまわって食べ歩きをしたり射的や金魚すくいなんてTHEお祭りなことをやったりしたけれど…正直心臓がバグバグいい続けて話の半分は頭に入ってきていなかった。だって私銀さんとお祭りまわってるんだよ。好きな人と、一緒に。

「花火あがるらしいから移動しようぜ。」
「花火?」
「毎年川沿いで上げてるだろ?見たことなかったの?」
「え、あ、うん。」

だってここのお祭りきたの初めてだし。かぶき町自体、仕事の飲み会や銀さんに会いにいく以外で行くことなかったからお祭りについては詳しくないんだよね。今回は銀さんとき行きたいがために調べてしまったけど。


「こっち。」
「え。」


自然に掴まれた手が熱い。人が多いからきっとはぐれないように繋いでくれたんだろうけど大丈夫かな?ドキドキしてるの伝わらないかな。聞こえちゃわないかな。


銀さんが連れて行ってくれたのは河原ではなく近くの神社だった。少し高い位置にあるのか花火があがる場所がよく見える。


「ここけっこう穴場なんだぜー?」

どかりと地面に座り込む銀さんの隣に静かに腰を下ろした。草むらだからそんなに汚れないだろう。それにゆったりと花火は眺めたい。
ちょうど花火が始まって赤青黄色と綺麗な花が夜空を彩った。ちらりと銀さんを見ればその目に花火が映っていてきらきらしてて、ずっと見ていたくなるような…。

「しずくちゃん、花火はあっちだけど。」
「…ええ!?」

いつまでも見ていたいと思っていた目がそういえばこっちを見ているなと思ったら銀さんに声をかけられた。み…見ていたのが思い切りばれた!死ぬ!!

でも…いいんだそれで。ばれていいんだ。ってかもうきっとばれてる。ならもう言わなきゃ。…言わなきゃ。

ぐっと拳に力を入れて、花火の音に負けないように、少しだけ大きな声で銀さんに告げた。

「好き。」

思っていたよりあっさりと口から零れ落ちた言葉は銀さんに届いたようだ。でも彼は特に表情を変えなかった。私の気持ちなんて最初から気づいていたんだろう。きっとこの人モテるだろうし好意には敏そうだから。

「しずくちゃんさ、俺のこと何知ってんの?」
「え?」

思っていたよりも冷たい言葉にびくりと肩が震えた。

「好きって何が。どこが。」
「あ…。」

何もどこも、一目ぼれだから私銀さんのこと、全然知らない。名前は…わかる。でも誕生日は?出身は?そういえば新八くんや神楽ちゃんのことは聞いたけど家族のことも知らない。どうやって生きてきたとか、そもそも今恋人がいないのかもわからない。どんな食べ物が好きで、嫌いなものは何かとか。私…何も知らない。なのに好きなんて言われたってそんなの信じられるわけがないよね。

「私の一目ぼれなんです。」
「ってことは顔が好きってこと?」
「顔が…というか、銀さんが。今まで一目ぼれなんてしたことないからどうしていいかわからなくて。でも気になって、好きになっちゃって。苦しくて。…気持ち悪い…ですよね。」

私の言葉を銀さんは黙って聞いていた。ドンドンと打ちあがる花火が気まずさを少しだけ消してくれている。

「ごめんなさい。今日はありがとうございました。」

それでもいたたまれなくて、私は立ち上がって浴衣についた土を払いながらそう告げた。でも銀さんの顔は見れない。見たらきっと泣いてしまうから。立ち去ろうとする私の背中に低い声が投げかけられて思わず立ち止まる。

「坂田銀時。十月十日生まれ。O型。好きなものは甘いもの。」
「銀さん?」
「家族はいねーがメガネとガキとでかい犬と暮らしてる。常に金欠。坂田さんちの食卓は卵かけごはんがレギュラーから外れねえ。家賃回収の日は下のばばあ共と戦争並の戦いを繰り広げることになる。お前一緒に戦える?」
「えっと…銀さん?」
「お前は俺が好意に応える気が一ミリもないやつと依頼とはいえ一緒に祭りに行くような男に見えるのか。」
「え…。」
「ほら、しずくちゃんの番。」
「っ…。月野しずく。会社員。両親と兄が一人の四人家族。好きな…ものは同じく甘いもの。趣味は買い物と料理っ。」

最後の方は声が震えているのが自分でもわかった。銀さんのことが一度にたくさんわかっただけでも混乱しているのに後ろから強く抱きしめられて焦らない方が変だ。


「この年になると真っ直ぐ気持ちをぶつけられるのが眩しいやら羨ましいやら。」
「銀さん!?」
「でもさ、俺のことなーんも知らないじゃん。知ったらきっとその気持ちも消えてくだろうなと思ったらそりゃショックなんだわ。」
「そんなこと!」
「だからさ、きちんと知ったうえで…もう一度ちゃんと考えて。それでもよければそんときは…俺から言うわ。」

驚いて振り向けば照れ隠しなのかそっぽ向いた銀さんがいて、まだ鳴り響いている花火の音に気づいて「花火見ろ」って私の顔をそっちに無理やりむけた。
でもね銀さん。そんなの無理だよ。私今目の前の花火なんて全然見えてない。心臓のドキドキと顔に集まる熱しか意識が集中していないから。


私の一目ぼれだった。
始まるわけがないと思っていた恋が今、始まろうとしていた。


まる様→





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