※夢主死ネタです。それに伴い副長もかっこいい鬼の副長ではございません。苦手な方は戻るボタンを押してくださいね。








窓の外から蝉の鳴く声が聞こえていた。時々隊士達の足音や声が聞こえていたがここに近づいてくることはない。
それでも遠慮がちに静かな足音がしたかと思うとそっと廊下に飲み物や食べ物が置かれていたがそれに手を伸ばすことはなく俺はただ静かに畳に転がり天井や視界の隅に入る青い青い空を見ていた。


しずくはれっきとした真選組の隊士だ。他の隊士達と同じ試験を受け残った珍しい女隊士。これからは女も必要だなんてとっつぁんが言い出したときは頭抱えたが気もきくし事務関係に強くて結果大助かりだった。いつの頃からか目で追い、互いに思いあってることに気づいた俺は…自分の気持ちを伝えた。ミツバのことを忘れたわけじゃない、ただ今はあの時と違う。もう少しうまくやれると思ったし何より惚れた女はてめぇで幸せにするべきだと思えたからだ。


『副長!』

寝不足の頭にあいつの声がガンガンと響いた。いつもなら心地よいそれも三大欲求の一つが満たされていないだけでこうも辛くなるものか。俺は布団をかぶり返事をした。

『うるせぇ…こっちは二日徹夜なんだよ、眠らせろ。頼むから、ほらマヨやるから。』
『そんなもんで言うこと聞くのはあなたぐらいです。…もう!せっかく休みが合ったのにー!仕方ないなぁ。私でかけてきますよ。お土産何がいいですか?』
『マヨ…。』
『んなもん買うかぁ!わかりました、おまかせですね。』


久々に二人合わせて休みがとれた。前からどこかへでかけようと言っていたのに仕事がたてこんでいたせいで俺はこの体たらく。それも珍しいことじゃないと言わんばかりにあいつは怒りを露わにすることもなく楽しそうに出かけて行った。そんなところも好きだった。

気づけば外はオレンジ色になっていて俺は丸一日眠っていたことになる。さすがに放置しすぎたと反省し、夜はうまいもんでも食いに行くかと煙草に手を伸ばした時だった。
山崎が慌てて駆け込んできてその知らせに俺は咥えたばかりの煙草を落とした。



しずくが死んだ。



事故だった。道に飛び出した子供を庇って車に激突された。意識不明で運ばれてそのまま逝っちまった。
あいつは隊士だ。戦場で死ぬこともあるし、たとえそうじゃなくても誰にだって事故にあう可能性はある。事故じゃなくたって病気で死ぬこともある。死ぬことだけが誰にでも訪れる平等だってわかっている。わかっているはずなのに。

どうして俺はあいつについていってやらなかった。どうしてたまには二人で部屋にいようと言わなかった。どうしてあいつが死んで俺が生きてるんだ。どうして…。

「呼んでも返事しねえんだ。」

力をこめすぎたのか、握った掌に爪が刺さりじわりと血が滲んでいた。

あいつが死んだと聞いて多くの隊士が泣いた。近藤さんなんて見れたもんじゃなかったし、総悟でさえ鼻水すすっていた、山崎も原田も鉄もみんな目を赤くしてあいつが笑って写っている写真を見ていた。とっつあんも近藤さんに銃ぶっぱなしながら泣いた。誰もがあいつを轢いた奴を殺そうとする勢いだった。

そんな中で俺だけが泣いていなかった。

何も考えたくなかった。近藤さんが休暇をくれて三日、何をするわけでもなくこうして部屋に転がっている。何をすりゃいいのかわかんねえんだ。
ああ、思ったよりもあいつは俺の中にいたんだとただそれがわかっただけだった。

いつまでもこうしていたって仕方ない。頭ではわかっている。なのに体が動かねえ。俺がまた隊服をきて仕事を始めればまたいつもの日常に戻る。でもそこにはもうあいつは。


「ひーじかーたさーん。」
「トシ…入るぞ。」


返事をする前に襖が開き視線をやればそこにはまた泣いたのだろうか、目を赤くした近藤さんと無表情の総悟が立っていた。

「トシ、飯だけでも食べろ。お前がそんなんじゃ…。」
「まぁ死んでくれりゃ俺が副長になるだけなんで問題ないでさァ。今こいつはメソメソとしずくのとこへ逝く計画でも立ててんでしょうよ。」
「総悟!」

総悟の発言に声を荒げた近藤さんを手で軽く押さえながら総悟は一歩二歩と俺に近づいてきた。転がっていた俺の腕を掴み起き上がらせると自分もしゃがみ込んで視線を合わせる。

「薄情じゃねえか。姉上の時はさっさと仕事に戻っていた鬼が今はこんな状態なんて、姉上もあの世で微笑みながら怒ってるでしょうよ。」
「…。」
「なんか言えよ。」

相変わらずの無表情でだが怒りが隠しきれてねえ。ピリピリと肌にぶつかる殺気のようなそれに俺はこいつの意図が読めないでいた。ミツバのときも俺がこんな状態でいるべきだったとそう言いたいのか。いや、こいつはそんなこと望まねえだろ。なら…。

「トシ、総悟も心配してるんだ。いや、俺も隊士達もみんなお前を心配している。しずくちゃんがいなくなってお前が…お前がもう戻ってこれなくなるんじゃないかって。」
「近藤さん…。」
「戻らねえなら戻らねえときっぱり言いなせェ。いつまでもこんな状態でいられたら迷惑なんでィ。」

俺自身が一番わかっている。いつまでもこんな状態でいちゃいけねえって。しずくだってこんな俺を見たら浮かばれねえ。
俺は知っていたはずなんだ。懸想していた相手がいなくなってしまった世界を生きることがどういうことかって。目を閉じて浮かぶのは着物姿で微笑むミツバだ。あの時俺は惚れた女がいない世界を生きていたんだ。

ミツバは俺から拒絶した。ふがいねぇがあの時はそれが最善だと信じていた。でもあいつは違う。俺は受け入れてしまった。受け入れたものをなくすなんてことを俺は知らなかったんだ。

「近藤さん、どうすりゃいい?」
「トシ?」
「どうやって忘れたらいい?どうやって気持ちを消したらいい?鳴らない電話を眺めるのも夢や現であいつの姿を探しちまっていることに気づくのももう疲れた。」
「…。」


あいつしかいないと思った。なのにもうあいつはいないんだ、どこにもいないんだ。

「惚れた女、二人も先に逝かれちまってよ。鬼どころかこれじゃまるで。」

死神だな。

ぽつりと呟いたそれに近藤さんを言葉を噤んだ。あんたは優しいから何て言えばいいのかわからないんじゃない、何を言っても俺を傷つけると思ってんだろ。そういうところにいつも俺は救われてきたはずなんだ。なのに今はその優しさも届かない。

「ふざけんじゃねえ。」
「!?」

黙って俺の近くにしゃがみ込んでいた総悟が襟を掴んで俺を引っ張る。

「死神でもなんでもいいじゃねえか。刀でも鎌でも持ってどこまでも悪人追いかけるんだよ。それがあの人が好きだったあんただろ?姉上の好きだったあんただろうが。」
「総悟…。」
「てめえに関わったから二人が死んだとでも思ってんのかよ。おこがましいんだよ。気にするのはそこじゃねえだろう!」

今度は勢いよくドンと突き飛ばされて思わず畳に倒れそうになった。飯をまともに食っていないせいかもしれない。

「何忘れようとしてんでさァ。あんたがすべきなのは死ぬまで覚えておくことだろうが。俺ァ許さねえ。姉上のことも、しずくのことも忘れて生きるなんてそんなこと…絶対許さねえ。」
「総悟の言う通りだトシ。俺達は忘れちゃダメだ。俺達が忘れちまったら真選組のしずくちゃんが本当に死んじまうだろう!?」
「総悟…近藤さん…。」
「トシ、思い切り泣け。お前、まだ一度も泣いてなんだろう?」

泣く?泣いて一体何かが変わるんだろうか?

「本当あんたは人間としてポンコツでさァ。鬼の目にも涙って諺もあるのに何で泣かねえんでィ。」
「泣くのはお前だけのためじゃないぞトシ。しずくちゃんの為にも泣いてあげるんだ。もう彼女は泣くことができない。それだけじゃないぞ、俺達は彼女の代わりにたくさん笑って泣いて怒って…生きなきゃいけないんだ。」


『副長。私真選組にはいって良かったなあ。だってこんなに毎日生きているって実感できるし、何より大好きな人たちに出会えた。お互いよぼよぼになるまで長生きしましょうね。万が一どちらかが先に死んでも残された方は笑って生きましょうね。』


いつかしずくがそう言っていたことを思い出した。何でこんな大切なことを忘れていたのかわからない。そういや俺が覚えているあいつはいつも笑ってやがった。

「しずく…。」

景色が霞んだかと思えば急に暗くなった。近藤さんが俺の隊服を頭からかけてくれたらしい。おかげで俺は情けねえ顔を見せることもなく、暗闇の中で思い出せたのはしずくの笑った顔だけだった。


その日屯所中に聞こえてたであろう俺の声をかき消すように隊士達は声を上げて稽古をしていたと後から聞いた。




「副長!!!」

泣きそうな顔で俺に書類の束を差し出す山崎を蹴り飛ばし俺は溜まりに溜まった机の上の書類たちに判を押していた。

「うるっせぇぞ山崎!もう始末書はいらねえからな!総悟の襟首ひっつかんでここに連れてきやがれ!」
「無理に決まってるでしょう!?」
「ああ?切腹する前に今俺にその首切り落とされるか、総悟に向かって行って首切られるかどっちか選べ。」
「どっちも俺死んでる!!!」
「たりめーだ。人一人ここに連れてこれないような役立たずはいらねえんだよ。」
「人一人だけどあの人は特殊すぎ!俺今から姉御にボコられた局長迎えに行くんで。」
「あの人も懲りねえな…。」

頭を抱えてもう何本目になるかわからない煙草に火をつけるとシッシッと追い払うように山崎を部屋の外へと促した。

ふと視線を机の隅にやればそこにはマヨネーズのマークが入った携帯灰皿。あの日あいつが持っていた俺への土産らしい。
これを持って見回りに行けるようになるにはまだ時間がかかりそうだ…が。

「ちゃんと生きるから安心しろ。」

つつくようにその灰皿に触れれば優しく名前を呼ばれた気がした。





→沙月様






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