「げほっ。ごほっ…はっ。」

出したくもないのに咳が止まらない。体は痛いし寒かったはずなのに今はとても熱くて苦しい。天井が時々歪むのは熱のせいか、涙のせいかはもうわからなくなっていた。

「しずくちゃーん。生きてる?あれ、まだ生きてた。」
「おきっ…げほっ!!」
「ひどいなぁ、人の名前呼んで苦しむとか。」

ひどいのはどっちだという言葉は出てこなかった。代わりにげほげほと咳が出て体を横向きにする私に彼は嫌がる素振りも見せず少し微笑んで畳に胡坐をかき私を見下ろした。
一応『客』扱いの私にまだ生きてたとはひどい言い方だ。いや、この人は初めからひどかったな。

「水飲む?すごい汗だよ。」
「はい…。」

私の背に手をいれて軽々と体を起き上がらせてくれた。差し出された水の入った湯呑を受け取るとどうにかそれを口に入れて流し込む。あの沖田さんだ、何かいたずらでもされているかもしれないと一瞬思ったがさすがの彼も病人にそこまで無慈悲なことはしなかったようだ。

「せっかく生き延びてるのにこんなことで死んだら笑えるじゃない。」
「笑えない。」

新選組屯所でお世話になってから早二ヶ月。病気の母に先立たれ一人朝から晩まで働いていた私はある時アレを見てしまった。私と同じようにソレを見てしまった千鶴ちゃんと共にここで雑用をしながら暮らすことになったのだ。
なのにこの男、面倒だから殺しちゃいましょうしか言わないしそんなこと近藤さんが許すはずないのに散々楽しそうに私を脅してきた。第一印象は最悪だ。

「げほっ。ごほっ。そんな厄介な風邪なら沖田さんにうつしてあげますね。どうせなら共倒れで一緒に死んでやる。私は極楽に逝きますけど貴方は地獄へどうぞ。」
「へぇ。まぁ散々人を殺しておいて極楽へ逝けるなんて思ってないけど君だけ極楽なんて癪だから一緒に引きずり落としてあげるね。」

なるべく微笑んで湯呑を渡すと沖田さんも微笑んでそれを受け取り畳の上に置いた。会話は殺伐としているが二人とも笑っているから外から見たら仲良く話しているようにしか見えないだろう。実際いつもこんな感じだから近藤さんは「総司としずくくんが仲良くなって本当に良かったな!トシ!」とか言っちゃって土方さんは頭を抱えていた。

「げほげほっ。私みたいな虫も殺せないか弱い乙女が地獄なんて逝くわけないじゃないですか。閻魔様もびっくりして極楽へ送ってくれますよ。げほげほ。」
「ははっ。僕に病をうつして殺そうとしている人間のどこがか弱いのかよくわからない。」
「げほ!く…苦し。沖田さん、私寝ます。げほっ。早く楽になりたい…。苦しみから解放されたい。げほっ。」
「なーんだ。そんな楽になりたかったなら僕がしてあげるよ。」
「やめろ、刀を抜こうとするな!!まだ人生から解放されたくはない!げほげほっ!ち…千鶴ちゃーーーん。」
「あはは。大丈夫だよ、千鶴ちゃんなら土方さんが仕事任せてたから半刻はこない。」

何も大丈夫じゃないわ!こいつ千鶴ちゃんがいないから来たんだな!最悪最悪!
どうにか横になり布団を首元までかけて寝ようと目を閉じても沖田さんが移動する気配がなかった。仕方なく目を開ければ綺麗な翡翠の目がこっちを見ていて変な気持ちになる。この人は一番組組長で、新選組でもとても強くて何人も何十人も人を斬っている怖い人のはずなのに、どうしてそんなに綺麗な目なんだろう。わからない。

「そんな風邪ぐらいで死ぬのはさすがにつまらなすぎるじゃない。」
「私の生死をおもしろいか否かで考えるのやめてください。げほっ。」
「仕方ないから貰ってあげる。」
「え?」

綺麗な翡翠がすぐ目の前にあった。触れたのか触れていないのか微妙な感覚が口元にあって、ただでさえ熱い頬がさらに熱を持つ。ゆっくりと離れていくそれを目で追えば相変わらず何を考えているかわからない上がった口角がやけに印象に残る。

「これぐらいしないと風邪はうつらないんじゃないの?」
「…しょ…。」
「え?」

私の声が聞き取れなかったのかさっきまで余裕のある表情だった沖田さんが体を強張らせた。

「やって…いい、嫌がらせと…げほっ。そうじゃないのが…げほげほっ。あるでしょ!?」
「しずくちゃん!?」
「沖田さんのばかぁぁぁ!」

ぼろぼろと涙を流して起き上がる私に沖田さんは一気に焦りの表情になった。形勢逆転だ。その反応を見てわかった。彼が嫌がらせでそんなことをしたんじゃないんだって。捻くれた彼の愛情表現だったんだろう。そして気づいてしまった。わからない彼のことを知りたい自分がいたことに。もっともっと近づきたい自分がいたことに。

でもそんなの悔しいじゃないか。当たり前だけど男の人に唇を奪われるなんて初めてだったんだ。もっといい雰囲気の中、互いに思いが高まった状態で…と理想を持っていたのだ。それをぶち壊したこの男、…こらしめてくれるわぁぁぁぁ!

風邪のせいでおかしな気分になっていたし、ただでさえ涙目だった私が涙を流すなんてこと容易かった。

「ひどい…沖田さん…げほげほっ。いくら私が嫌いだからって…げほっ。そんなっ。」
「ちょっと待って!僕がいつ君のこと嫌いって言ったの!?」
「初めてだったのにっ!!」

「しずく!?どうした!?」

突然襖が開きそこに立っていたのは斎藤さんだった。巡察帰りだったのかおそらくたまたま通りがかったのであろう斎藤さんは私の叫び声に何かあったと思ったのだろう、襖をあけてこちらを見ていた。
彼からしたら私が叫び声をあげ、初めてだったと意味深なことを言って泣いている状態だ。そして焦っている沖田さん。さぁ準備は完璧だ。

「総司…。」

地を這うような低い声に私まで少し怖くなるけど今の私は被害者だ、被害者。

「待って、一君。多分何か誤解…。」
「ほう、ならその誤解とやらをきちんと説明してもらおうか。病人の部屋で二人きり、苦しむ彼女を泣かすような何かを誤解と言えるのならな。」
「しずくちゃん!誤解だよね!?」
「あれが、誤解…?」

じろりと睨むように見てやればうっと言葉を詰まらせていて少しだけ可哀想かななんて思ってしまったけれどまてまて私。本来恋仲だったらあれは誤解でも何でもなく互いの了承を得た上での行為だ。でも私達は恋仲ではない。だとしたらあれは一方通行。つまりやはり私は被害者。ははは、沖田め、斎藤さんにやられてしまえ。

「沖田さんの気持ち次第じゃないですかねぇ。…げほっ。何であんなことしたか。」
「総司、何があったのかちゃんと言ってもらえるか。」
「…しずくちゃん。返答次第で斬り殺しちゃうかもしれないけど…君、実は楽しんでない?」
「げほっげほっ。何のことか…げほっ。」
「総司、しずくを喋らせるな。咳がひどい。」
「…こうなりゃ君も道連れだからね、しずくちゃん。」

さっきまで焦っていたはずの沖田さんが通常通りの表情に戻っていて嫌な予感がした。そしてそれは的中することとなる。

「僕はね一君。しずくちゃんが好きなんだ。」
「なっ。」
「ええ!?」
「もちろん恋仲になりたいと思ってる。そして多分しずくちゃんも同じ気持ちでいてくれたと思うんだよね。だから僕が口づけても逃げなかったでしょ?」
「しずく!?そう…なのか?」
「ちょっ!げほげほ!!!」

逃げなかったっていうか私寝てたし!どうやって逃げるんだよ!

「だけどちょっと恥ずかしかったのかなぁ。それで大きな声出しちゃって、咳き込んだから僕も焦っちゃったって話だよ一君。」
「しかししずくは怒っていたようだが…。」
「そりゃ風邪の時にそんなことしたら僕にうつるかもしれないって怒って心配してくれたんだよー。優しいよねぇほんと。」

最後のほうが若干棒読みだし、意味深にこっちを見ているあの綺麗な目が今は怖くてたまらない。間違いない、彼は一番組組長だ。公開処刑のごとく斎藤さんの前で気持ちを告げさせたことをお怒りでいらっしゃる。

「と、いうことで心配ないし、彼女の看病は僕がするからさ。一君巡察終わったんでしょ?休んでなよ。あ、千鶴ちゃんに僕が看病するから来なくていいよって言っておいて。ね?」
「あ…ああ。」
「ちょっ!!げほげほ!斎藤さ!!!げほっ!待っ…。」


ぐいぐいと押すように彼を部屋から出して沖田さんが襖を閉める音が静かに響いた。

「しずくちゃん。」
「は…はい。」
「治るまで僕がみっちり看病してあげるからね。」
「沖田さ…沖田さん。目が笑ってない!怖い!」

微笑みながら私の隣に腰をおろした沖田さんは目が一切笑っていなかった。これ確実に人を殺すときの顔だ。

「なんで怖いの?僕たち晴れて恋仲になったんでしょ?あんなことしたし。」
「私は認めてない!認めてないから!」
「あれ?じゃあ僕のこと嫌いなの?」
「え…う…その…。」
「まぁいいや。風邪が治るまでに僕のこと好きって言わせるから、ね。」

自分から好きと言うまでこの状況が続くことも地獄、しかし自分から改めて言うのもまた地獄。
理想と現実はこんなにも違うのかと意識を飛ばしそうになりながらも悩んでいると今度は本当に沖田さんが微笑んだ。

「だから早く治しなよ。死んだら承知しないから。」

ふわふわと頭を撫でられ、私はそのまま夢の世界へと旅立ったのである。




next愛生様





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