あれから私は一つ目標を決めた。
それは一日に一度は藤堂君に話しかけるという些細なことだった。
それでも私にとっては大変なことで、いちいち心臓がバクバクになるから喉がからからになって水分の消費量が急激に上がった。

話しかけるといってもほとんどが挨拶だけだ。
おはよう、バイバイ、また明日。だいたいその三つ。それでも彼は律儀に笑顔で返してくれた。それだけで幸せだった。でも…。

私みたいな地味で目立たない女の子に好かれたって嬉しくないよね。

そんな気持ちが常に頭の中をよぎって話しかけた後はドキドキするけれどすぐに悲しい気持ちになった。だって彼の周りはキラキラしている人ばかりなんだ。可愛い子や綺麗な子だってもちろんいる。

「…難しいな。」

そう、難しいのだ。だからといってこのドキドキを失くす方法すら私はわからないのだから。

「何が?」
「え?」

後ろから急に声をかけられて思わず背筋を伸ばした。誰もいないと思っていただけに独り言を聞かれただけでかなり恥ずかしくて振り向きたくなかったけれど無視もできない。
ゆっくりと振り向けばそこにはにこにこと微笑んでいる沖田君が立っていた。どうやら帰るところだったようだ。

「あ…あの、その、すみませ…ひとりご…。」
「ううん、僕こそ勝手に拾ってごめんね。…雫ちゃん人見知りなの?」
「はい…。」

まさか沖田君に話しかけられる日がくるとは思わなかった。少し前の私だったら直視することもできなかっただろう。

「もっと話しかけてくれればいいのに。」
「え、わ…私ですか?」
「うん。だって雫ちゃん、平助君のこと好きでしょう?」
「ひぇ!?」

あまりの衝撃に変な声がでました。穴があったら入りたい。でも彼にはツボだったようで口元を手で押さえて笑いをこらえている。

「ちょっと…予想以上におもしろい…。あはははは!」
「あの!なんで!え!!!??」
「いやいや、態度でわかるから。本人は気付いてないよ、よかったね。」
「ああああああの!わっわっ私!その!みみみみてるだけなので!ご迷惑おかけしません!!!」

思い切り下を向きながら声を出した。すると沖田君の笑い声が止まる。そして彼は私の顔を覗き込むように屈んだ。

「ちっ…近っ!」

思わず一歩横に飛ぶと彼は目を丸くしていたけれどすぐにいつもの微笑みに戻った。

「見てるだけでいいの?」
「だって…あの、私みたいな地味なやつ…迷惑じゃ…。」
「好かれて嫌な事ってあまりないと思うけど。それにさ。」

彼は素早く私との間合いをつめ、耳元に口をよせた。

――気付いてほしいでしょう?

その言葉がまるで形ある物かのように私の心にコトンと音をたてて落ちた。

「僕達いつ話しかけられても気にしないから、雫ちゃんいつでもおいで。」

そう言って沖田君は手をふると歩いていった。私はしばらくそこに立ち止まったまま動けなかった。

いいのかな。私。もう少し、もう少しだけ彼に近づいても良いのかな。この思いを持っていて良いのかな。伝えても…いいのかな。







次の日も朝から冷えていた。だけど寒さも感じないほど私は緊張していた。おはようがちゃんと言えるだろうか?朝から彼の前に立つことができるだろうか。いつも以上にそわそわしてしまう。だって…。

「あ。」

少し先に見慣れた後姿。藤堂君だった。どうやら今日は一人で登校しているようだ。いつもだったら追いかけることなんてしない。大学までの道のりを彼の後姿をただただ見つめて歩くだけだろう。だけどそれじゃだめなんだ。沖田君に言われたあの言葉が私の心に響いたということはつまりそれが本心だから。

私は小走りで彼に近づいた。あと少し、もう少し。足音に気付いて振り向いた彼の名前を呼んで、そして。

「雫…?髪切った?ってかメガネ…。」
「変かな?」

私は昨日あのまま美容室へ行き長かった前髪を切った。さらにコンタクトに変えてきた。今までより顔は見えてしまうし恥ずかしさは倍増だけどそれでも少しでも彼に見てもらいたくて…。

「全然変じゃねえよ!!!そっちのほうがいい!」
「…良かった…。」

そのまま彼の隣に並んで歩き出した。こんなこと今までの私だったらできない。きっと昨日私は今までの私を卒業したんだ。

「…いいと思う。」
「え?」
「可愛いと思う。」
「ふあっ!?」

…また変な声が出てしまった。逃げたい、隠れたい、消えたい。
恥ずかしさのあまり下を向いたけれどちらりと横を見れば藤堂君も赤い顔をしていたから思わずおかしくて笑ってしまう。

「お前がそんな反応するから言ったこっちまで恥ずかしくなっただろー!?」
「人のせいにしないでよー。」
「そっそうだけど…。」
「藤堂君おもしろいね。」

お互い顔が赤くなったからか、大学までの道のりは楽しく喋ることができた。たった十分程度のことだったのに今までで一番彼のことを知ることができた時間だった。今度一緒にレポートをする約束までできた自分を褒めてあげたいと思う。

これから少しずつ、少しずつ彼に近づいていつか思いを伝えられたら。そんな風に思えたから今はまだこの気持ちは大切にしまっておくけれど、でもいつか。

―私の恋を知ってください―


(…しまった。これじゃみんなが雫のこと知っちまうじゃんか!俺だけが可愛いこと気付いてたのに。)
(藤堂君?どうしたの?)
(あ、いや…。なんでもねえよ。)


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