視線が重なる、ただそれだけだったのに。
恋に落ちていると気づいてしまった。
でもその視線は全部私じゃなくて、私の隣にいる子へのものだっただけなのに。
―アネモネ(恋の苦しみ)―
沖田総司と言えばこの学校で知らない人なんていないだろう、それぐらい目立つ人だった。一つ上の先輩でたまに廊下ですれ違うと目で追っていた。いつも周りに女の子がいて嫌でも目に付くんだ。
「あの人どうしてあんなにモテるんだろうね。」
「沖田さんのこと?」
教室の窓から校庭を見ればそこには数人でサッカーをしている先輩たちがいて、その中に沖田先輩も混ざっていた。さらに離れたところには数人の女子生徒。きっと彼の追っかけだろう。
私の呟きを拾ってくれた千鶴は視線を校庭に落とした。彼女は剣道部のマネージャーだから沖田先輩のことを知っている。
「やっぱりかっこいいからかな?」
「千鶴ああいうのがタイプ?」
「いや、そうじゃなくて!沖田さんって気さくに話しかけてくれるし、時々意地悪言うけれど優しいし。そういうところが魅力なのかなって。」
「ふーん。」
千鶴が本心でそう思っているんだろうというのは伝わる。だからきっとそうなのだろう。でもなんだろう、この心のもやは。
「ま、関係ないか。」
関係ないなんて、きっとこの時も心の底から思っていなかったんだろう。それでも私は気づかないふりをしていたんだ。
あれから沖田先輩を見つけるたびに目で追ってしまう一連の流れは崩れることがなかった。しかし、少し変わったことがある。沖田先輩と目が合うのだ。もちろん私が毎回見ていたら時々は目が合うこともあるだろう、でも今では必ず毎回だ。見ているのに気づかれたのかと思いわざと見ない時もあった。でも彼からの視線は感じるのだ。
何故目が合うんだろう。
何故私は彼を見ているんだろう。
何故彼は私を見ているんだろう。
そしてその答えはある日突然目に飛び込んだ。
廊下を歩いていると中庭に人影が見えて思わず目で追った。
(沖田先輩…と千鶴?)
立ち止まり二人を見つめる。こちらに気づく様子は全くなかった。
沖田先輩が千鶴の隣に立ち、その顔が彼女の耳元へ近づいた。その瞬間、私の中から音が、色がすべて消えたような感覚に陥った。
――好きだよ。
確かに沖田先輩の唇はそう動いた。
たったの四文字を間違えようがなかった。そして気づいたんだ。私はその言葉を死ぬほど望んでいたことに。
ああ、私は彼が好きだったんだ。何も知らないのに。一目ぼれなんて言葉にしてしまえば簡単なものを私はしていたんだ。そして、気づかないふりをしていた。だからこんなにあっけなく…。
「っ…うっ…。」
喉からこみ上げる声と同時に熱くなった目から涙が落ちて私の世界は今まで通りに戻った。ガヤガヤと騒がしい廊下に眩しいぐらいの外からの光。千鶴の反応を見たくなくて、沖田先輩の優しい表情をこれ以上知りたくなくて私は走り出した。
バカみたい。
今まで彼と視線が合っていた気がしたのは、彼が私の隣にいた千鶴を見ていたから。私が見ていなくても視線を感じたのは千鶴のことだけを見ていたから。彼にとって私は風景と一緒。彼の中に存在できていたのかさえも怪しいぐらい。
「あ…うう…うあ。」
本当にバカみたい。
千鶴が沖田先輩のことを話してくれた時に感じた胸の曇りは全て嫉妬だったのに。それに気づかないふりをして。何もしない第三者を選んだのは紛れもない私なのに。
―恋の苦しみ―
(知りたくなかった。)
(沖田先輩の好きな人に見せる表情も。)
(私にはそれが永遠に向けられることがないという事実も。)
(こんなにも胸が張り裂けそうな痛みも。)
(でも一番知りたくなかったのは。)
(私はまだ、彼をこんなにも好きなままだということ。)