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いつからだろう。彼が好きだと言わなくなったのは。私に向けられる優しい眼差しも、伸ばされる腕も変わらないのに、ただ言葉だけがなくなった。
そしてその理由に気づきはじめたのに見ないふりをしていた私は間違っていたのか、正しかったのか。

「そろそろいくわ…。」
「…。」
わかっていたの。いつかあなたは私を置いて戦争に行くことぐらい。晋助や小太郎と進む道を選ぶって。

連れてってなんて言えない。そんなことが通用すると思えるほど子供でもなかった。

お互いに好きな気持ちが消えないのに離れなければいけないことがあるなんて私は知らなかった。
それならいっそ、嫌いになりたかった。

いつだって銀は私のことを一番に考えてくれていた。そっけないふりをしたり、ふざけたり、突き放してみても全て私のためだった。うぬぼれなんかじゃない。
好きだと言わなくなったのは私の思いを募らせないためなんでしょう?自分の気持ちが揺らがないようにするためでしょう?

大丈夫だ。
安心しろ。
一緒にいてやっから。
好きだ。

その言葉に私がどれだけ守られてきたかわかってるのかな?救われてきたって知ってるのかな?
でももうその言葉の力も消えてしまう。

ぎゅっと手を握られる。大きな手に私の手なんてすっぽり覆われちゃってそれが余計に切なくさせた。

「泣けよ。」
「え…?」
「そんな苦しい顔…みてらんねえ。」
「だって…。」

最後なのに、泣きたくなんかないのに。
笑って見送って、銀のなかに残る最後の私を笑顔にしたいんだよ。

「泣けって。」

初めてだった。
こんなに顔を歪ませた彼を見たのは。

「お前さ…ほんっといつも笑っててよ。ヅラも高杉もほんとはお前のこと大好きなわけ、恋愛的な意味で。」
「銀?」
「俺がいつも妬いてんの知らなかっただろコノヤロー。」
「そんなの一言も…!」
「言えるかよかっこわりい。」

そんなそぶり見せたことなかった。いつも余裕で、笑ってて。

「それで機嫌悪くしてケンカもしたんだよな。といっても俺が一方的に不機嫌になってさ。」

言われてみればたまにあった。些細なことでケンカが始まって…いつも私が折れてたんだよね。
でもそれに満足そうな、ほっとしたような顔をする彼を銀を見るのが好きだった。

「今度は余裕のある男にしろよ。」
「っ!」
「またな。しずく。」

嘘つき。
またななんてないのに。
この手を離したらもう、
私達は会うことはない。

でも知ってるの。
またなって言うのは銀の優しさだってこと。そうじゃなきゃ私…泣き止めないから。

「ぎっ…銀…元気でね…。」
「ああ。」
「大好きだよ」
「…ありがとな。」
「大好き!大好きだから!」

私は遠くなる背中にずっと叫んでいた。きっと心のどこかで彼が振り向いてくれると思ったから。だけどそれは一度もなかった。


さようならは言えなかった。




「夢…こりゃえらく懐かしい。」
久々にあの頃の夢を見た。私と彼はあそこで別れてその後会うことはなかった。結局私がそれから誰かを好きになったことはない。時間が解決してくれると思っていたのに解決してくれるものなんて何一つないまま…。気がつけば戦は終わって、この国は大きく変わってしまった。彼らの戦いが何かの役に立ったのか、私にはわからない。

「江戸についたからかな。」

ぐっと伸びをして宿から外を見た。高い建物からは江戸が一望できる。宇宙船が空を飛び町には人ならざる者が大手をふって歩いている。
今日から私は江戸に住むことになった。働いていた職場が江戸に支店を出すことになったからだ。私は店長になる。
とりあえず住むとこは決まっている。引っ越し業者は明日来るし今日はのんびり江戸をまわろう。
朝食を食べてホテルをでた。いい天気だ。江戸は活気ある町だ。これからどんな生活になるんだろうと人々や店を見ていると掲示板が目に入る。

「…。」

目を疑うとはこのことか。知り合い二人が指名手配になっているんですけど。

「生きてるんだ。」

思わず笑みがこぼれる。いつか生きてたらあの二人に会えるかもしれない事実に胸がはねた。でも本当は。

「生きてるのかな…銀。」

結局今でも私の頭の中を占めるのは彼なんだという事実に苦笑いしてしまう。あの二人に会えれば銀のこともわかるかもしれないけれど…。

「でもきっと生きていたらまた会えるはず。」

それまでは自分にできることをして生きていこう。いつ彼に会っても恥ずかしくないように、笑ってまた話せるように。そう思って掲示板の前から足を進めた。

「コラァァァァ!クソ天パァァァ!!!」
「ぎゃあああああああ!」

少し離れたところから可愛らしい声と(台詞は可愛くないけれど)男の人の叫び声が聞こえて思わず目をやった。
ゴミ捨て場みないな場所から足だけ飛び出しているのがおそらく悲鳴をあげていた人、その前に番傘を差した女の子が仁王立ちしている。

「どうしてくれるアル!?パチンコで全部すったあのお金がうちの全財産ネ!あれがなかったら今日の晩御飯もないアル!!!!」
「ちょっとォォォ神楽ちゃん!どうしたの!?」

あまりにびっくりして立ちつくしていると彼女のところにメガネをかけた少年が走ってきた。どうやら知り合いらしい。

「新八ィィィ!私達の全財産がァァ!このクソ天パ全部スッたネ…。」
「何してくれてんだァァァァ!?」

さっきまで止めに入っていた彼までゴミ捨て場の人をげしげしと蹴り飛ばしていた。あの人大丈夫なんだろうか。足しか見えないけれど。さすが江戸のかぶき町、色々な人がいるんだな。そう思ってその場を立ち去ろうとした。

「悪かったって言ってんでしょうがァァァ!過ぎ去ったことを悔やむよりこれからを考えろって偉人は言ってましたァァ!」
「「お前が言うなァァァァ!!!」」
「ぎゃああああああ!」

一瞬聞こえた声に足が止まった。ずっと忘れなかった声、ずっと聞きたかった声、ずっとずっと…。

またいつか、彼に会えたら私は何をしようと思っていたんだっけ?元気だった?何してたの?今は何しているの?私とまた…一緒にいてくれる?
伝えたい言葉は溢れるのにうまく伝えられるか不安になった。何故なら涙が止まらないから。

そして私はゆっくりと振り向いて、一歩一歩彼に近づく。きっと彼もすぐに気付くだろう。その時は…。

「また会えたよ。」

彼と別れた時より綺麗な笑顔で向かい合えたら。
それだけでいい。







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