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パソコンに表示されている時計に目をやればすでに夜の十時を回っていた。静かなオフィスに響くのは自分がキーボードを叩く音で視界に入る範囲には誰もいない。そりゃそうだ、こんな時間まで残っている人間が大量にいたらブラック企業決定である。

「それにしても締切を勘違いするなんて…。」

企画書の締切日はカレンダーにメモをしていたのだが一行ずれていた。…一週間もずれているなんて普通気づきそうなものなんだけど電話や会議でバタついていてその時は全く気が付かず、今日も帰ろうとしたときに上司に言われて気づいたぐらいだ。

「あと少し…。」

カタカタと文字を入力し続けて体中がかちこちに固まっている気がする。ぐりぐりと肩を回しつつ作業を続けているといきなり頬に熱を感じて体が跳ねた。

「あつっ!!!!」
「つめた〜いのほうが良かったですかィ?」
「なっ!え!?お…沖田?」
「お疲れ様でーす。」

私の頬に熱い缶コーヒーを押し当てたのは後輩の沖田だった。私は営業事務で彼は営業だから書類関係を教えたこともあったりしてなかなか懐かれている…と思う。多分。いや、懐かれてると言ったら可愛いけれど最早最近下剋上の気配だ。

「あんたまだ残ってたの?」
「外回りからさっき戻りやした。」
「直帰すれば良かったじゃん。」
「そうなんですけどね、会社のパソコン持って行ってたから帰らなきゃ土方コノヤローに明日小言をくらいやす。」

そう言って彼はカバンから会社のノートパソコンを取り出し自分の机に置いた。他にもいらない書類関係を引き出しにしまうと持っていたコーヒーのプルタブを引く。

「…なーんだ、差し入れかと思った。」
「先輩、後輩にたからないで下せェ。」
「ならわざわざ人の頬に熱の塊押し付けないでよ、火傷するじゃん。」
「先輩はブラック飲まないでしょう。」

そういうと彼はカバンからぽいっと私にミルクティの缶を投げた。突然のことに慌ててキャッチする。まだ温かいそれはおそらく沖田のコーヒーと同時に買ったものだろう。

「あ…ありがと。」
「あとどれぐらいで終わるんですかィ?」
「十分ぐらいかな。数字打ち込むだけだし。」
「ふーん。」
「帰らないの?」
「手伝いましょうか?」
「…え?明日雨なの?私の耳おかしくなったの?」
「今すぐブレーカー落としに行ってもいいんですぜ。」
「ごめんなさい沖田様。」

沖田にそう言うと彼は私の隣に座ってパソコンを自分の前に引き寄せた。

「あんたはそれ飲んで休憩してりゃいいんでさァ。アラサーのご老体には座りっぱなしはきついでしょう。」
「しばき倒すぞクソガキ。」
「ま、たまには後輩を頼ってくだせェよ。」

そう言ってこちらを見た沖田はいつもより可愛くて、かっこよくて、頼もしくて…あれ、何、何で私ドキッてしてるの。

「…気持ち悪いよ沖田。」
「今すぐデータ消去する。」
「待って待って待って!嘘!ごめん!気持ち悪いのは私でした!ごめんなさい沖田ぁぁ!」

そう言って彼に手を伸ばした瞬間、私の視界はブラックアウトした。






え。
まさか、停電?
いや、嘘。今までの努力とかは…?


いやああああああああ!!!!



自分の叫び声に驚いて体がびくりとした。
目の前は自分が机に置いてあるお気に入りのキャラクターのフィギュアでまだ会社にいることを示していた。

ん?ということは夢?さっきのは夢なの?
嘘…私何であんな夢?

沖田のことなんてそんな風に見たこと一度もなかったのに、あんな夢見たら何だか…気になっちゃいそうじゃん!気持ち悪い自分!!!いくつ年下だと思ってんのよ。

「ってそれより書類…。」

体を起こして目の前を見ると自分のパソコンがなかった。…なかったのだ。

「え!?パソコン!パソコンちゃん!?」
「何がパソコンちゃんでィ。気持ち悪。」
「おおおおおお沖田ぁぁ!?」

声のした方を見ればそこには沖田が座っていて私のパソコンをカタカタといじっていた。
あれ?正夢?ん?どこから夢?

「人が疲れて外回りから戻ってきたら沈没しているお局様がいたんで優しい俺は見捨てることもできず仕事を手伝う、ああ、なんて素晴らしい後輩。明日土方さんにちゃんと言って下せェよ、俺が手伝ったって。」

タンッとエンターキーを押してそう言うとデータを保存し終わったのかパソコンの電源を落として私の机に戻してくれた。

「ええと…私寝てたの?ってか誰がお局じゃ、まだまだ上には上がいるわ。」
「文句は飯食いながら聞いてやりますから早く帰り支度してくだせェ。腹減って死にそうです。」
「…それ私の奢り?」
「当たり前でさァ。後輩におごるのも先輩の務めですぜ。アラサー独身女はため込んでるでしょう、老後の為に。」
「ひねり潰すぞ。アラサー独身女が心地よく生きていくにはお金がいるんだよ。それに老後ってなんだ、一生一人ってかコノヤロー。」

急いでカバンに財布やら携帯を詰め込んで上着を羽織るともう準備万端だった沖田がフロアの電気を消してドアを開けていた。エレベーターで下に降り、会社を出ると少し冷たい風が吹く。これは一刻も早く温まらなければ…酒的なもので。

「この後美味い飯屋連れてってくれて、今度美味い飯作ってくれたら一生一人じゃない可能性を作ってやりまさァ。」
「…ん?」

飯を作る?え?私が?君に?

「それってどういう意味?」
「…そのまんま。」

ぼそりと呟くように言うと彼は私の手をぎゅっと握って歩き出した。こんな時間、知り合いなんて周りにいないけれどそれにしてもこの行動はアラサーの心臓には刺激的すぎるよ沖田君。

「あの…アラサー独身女は容易く勘違いするんだよ、年下ボーイ。」
「勘違いしておきゃいいでしょう。あんた相当鈍いんだから。」

相変わらず生意気な口を利く後輩の耳がほんのり赤くなっていたから。
笑いを堪えながら彼の後ろを歩くのがとっても大変だった。

今度、こいつの好きな食べ物、作ってあげようかな。




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