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ガヤガヤと賑やかな店内は客の熱気で満ちていた。目の前にはビールと揚げ出し豆腐、枝豆にたこわさ、様々なつまみが並んでいる。そして視線ををあげれば綺麗な顔がそこにはあった。

「酔ったんですかィ?」
「…まさか。」

泣く子も黙るというか黙らせるというか屈服させる真選組の王子がぐいっと酒を呷った。もう日付が変わろうとしているこんな時間に何で私はここにいるんだろう。何でも何も全て解っているのに解りたくないと駄々をこねる自分がいるのだ。

「もうすぐ明日になりやすね。」
「そうだね。」
「先に祝いましょうか?」
「嫌だ。日付も変わっていないのに。」
「…嫌なのはそこじゃねえでしょうよ。」

そう言われれば心の中で駄々をこねる自分が涙目になる。そうなれば表の私も無論つられるだけだ。その瞬間、ぺしっと顔に温かいものが投げつけられて視界が真っ白になった。どうやら王子はおしぼりを投げたらしい。

「泣くのは勘弁してくだせェ。叱られやす。」
「…君を叱れる人がこの場にいない。」

おしぼりで目頭を押さえて視線をずらせば沖田君の隣には酔いつぶれた土方さん、離れたところで全裸で騒いでいる近藤さん、それを必死に止める山崎さん達。誰もこっちなんて見ていないのだ。泣こうが喚こうが酔っぱらってるって思うだけだろう。

そもそもこの真選組の飲み会に参加することになったのは二時間ほど前のことだった。ふらふらと夜の街を歩く私を土方さんが引き留めたのだ。多分ひどい顔をしていたんだろう。隣に立っていた近藤さんが一緒に飲もうと私の腕を掴み店に引っ張り込んだ。そして今に至る。

私だってまさか誕生日前日にこんなことになるなんて思わなかったのよ、今朝までは。今日は朝から仕事があるけど夜には戻るから久しぶりに飲もうって言ってくれたんだ。神楽ちゃんがそよ姫のところへ遊びにいくからって。ご飯の準備もしなくていいから万事屋でのんびりテレビでも見て待ってろって…そう言ったのに。
銀時はなかなか帰ってこなくて気づいたら時計は九時を過ぎていた。連絡もないしこれはもしかして約束忘れて飲みにいったかなと一人、部屋でため息をついた。そして何かお腹を満たそうと万事屋を飛び出したのだ。…いや、一人で居たくなかっただけかもしれない。

いつもだったら次の日帰ってきた銀時を一発殴るだけで済んだ。いつもなら。

でも、今日はだめだった。だって明日は私の誕生日だったんだもの。銀時とは長い付き合いだけど私の誕生日を覚えていてくれたことなんてなかった。ここ数年は新八君達が誕生日が迫ってくると話題に出してくれてたからみんなで祝ってくれていたけれど、彼らがいなかったら何もなく過ぎ去っていただろう。
ずっと忘れていたら、それで良かったのかもしれない。誕生日は何もしない、そのルールが定着するだけだった。でもこの数年、三人が祝ってくれていたのだ。自分はすっかりそれに慣れてしまった。
今年はどうなるんだろう、少し前に考えていた。そして私は新八君と神楽ちゃんにお願いをしたのだ。銀時に誕生日のことを言わないでくれと。彼はいまだに私の誕生日を覚えていないのか、なんとなく試したかった。

「やめておけばよかった。」

ぽつりと呟いた言葉は周りの騒ぎにかき消された。

今年も今まで通り、三人に祝ってもらえば良かったんだ。何で試すようなことをしたんだろう。二人はきっと覚えていると言ってくれて、誕生日前日の今日からわざわざ万事屋を開けてくれたというのに。銀時はやっぱり誕生日のことなんて覚えてなかったんだ。明日二日酔いで帰ってきていつもの日常が繰り広げられるだけなのだ。

たいしたことない。そんなこと、たいしたことじゃないと言い聞かせても、やっぱり悲しみは消えなかった。
だって期待してしまったんだ。今日は二人で飲んで、日付が変わったら一番におめでとうって言ってもらうことを。それがあったらプレゼントもいらない、それぐらい思っていたのに。

「…俺の隣に重度の味覚障害者でかつヘビースモーカーで常に瞳孔が開いてはいるがそこそこイケメンの公務員がいやす。」
「はい?」

また目が熱くなって今度こそ涙が零れると思った瞬間、沖田君がいきなりそんなことを言うもんだから涙が引っ込んだ。

「少し離れたところにはゴリラかつストーカーかつゴリラですが器がでかい公務員がいやす。」
「もしもーし。」
「さらにその横に地味かつミントンバカかつ黒歴史持ってるがまぁ穏やかな公務員がいやす。」
「沖田君?」
「で。」

ずいっと綺麗なお顔を近づけた沖田君が真っ直ぐに私を見て言葉を続けた。

「目の前には爽やかかつ強いかつ女子が好むSっ気のある公務員がいやす。」
「ドSの間違いだよ。みんなのことも褒めてるのか貶してるのかわからないよ。」
「なのにあんたは旦那がいいんですかィ?」
「…。」
「男なんて腐るほどいるんでさァ。旦那じゃなきゃダメなんですかィ?」

知ってるよ。そんなこと。
わかってるよ、そんなこと。

銀時はね、普段死んだ魚の目してるけどやる時はやる男なんだよ。めちゃくちゃ強くて、でも優しくて、ふざけてて、まっすぐで、バカだけど狡いとこもある、そんな男なの。
こんなに長いこと一緒にいるのに飽きないの。不思議でしょう?他に目移りなんてしたことがなかった。それぐらい私は銀時が大好きで。大好きなのに…。

「どんなに頑張っても、一番にはなれないのかな。」
「…。」

銀時が昔大きなものを失って、しばらく一人でいたのに、また大事なもの抱え込んでそれを守りながら生きているのは知ってる。大事なものの中に私も入って入るだろうけど。
銀時は一番を決めないんじゃないかなって昔から思ってた。一番を作ってしまったらまたそれを失った時のダメージが大きすぎるから。今度こそ立ち直れなくなってしまうかもしれないから。だから銀時は私を、ううん、誰も一番にはしてくれないって。

だって私たちはずっと一緒にいるけれどその関係性は変わらない。毎日一緒に過ごしているけれどそれ以上の関係にはならない。永遠の他人だ。

今までそんなこと望んでいなかったのに、今日改めて考えてしまったんだ。一つ年をとる前日に、これからの未来について、深く、深く。

これから今まで通り銀時と過ごして、私たちは何か変わるんだろうか、何かを得るんだろうか、何か失うんだろうか。

「…一番になれないことが不幸なら止めておきなせェ。とはいえ、ここにいる全員も女を一番にできるかと聞かれりゃ即答はできない連中ばかりだ。旦那のこと悪くは言えやせんが。」
「違うの。ううん、よくわからないんだけど。一番になりたいとかそういうことじゃないくて。」

銀時は私を失ったら、悲しんでくれるのかな。

私の言葉に沖田君は一瞬目を逸らし、すぐに私に視線を戻した。沈黙がやたら長く感じたけれど私は何も言わなかった。すると彼が小さくため息をついて切り出した。

「あんたそれ、本気で言ってんですかィ?」
「え?」
「旦那があんたがいなくなって悲しまないとでも?」
「そりゃあ…少しは悲しむと思うけど。」
「はぁ…。」

ぐしゃりと前髪を掴んで大きくため息をついた沖田君はすぐにまた酒を呷る。さっきまでの真剣な表情はどこへやら、呆れた顔でこちらを見ていた。

「一つ教えてやりまさァ。旦那は誰も一番にしないんじゃねェ。全員が一番なんでさァ。あんたも、メガネもチャイナも。旦那の周りにいる人間全員があの人にとっちゃ一番大切なんでさァ。誰が欠けてもいけねぇ。」
「沖田君?」
「まぁ中でもあんたはさらに特別なわけで。…誕生日やら記念日は覚えるのが苦手な男が多いんだ、許してやってくだせェよ。まぁ今回は忘れてないみたいだし?」
「え?」

そう言っているうちにドドドと大きな足音がこちらに近づいてきているのがわかった。

「あんたが旦那じゃなきゃダメなように、あの人もあんたじゃなきゃダメってことでさァ。」

バンッと襖が開いてみんな体をびくりと揺らしてそちらを見た。無論、私も。
そこには肩を上下に揺らし息を切らせた銀時が立っていた。もう涼しいこの季節だというのに額に汗までかいて。

「…お前、何でこんなとこにいんだよ。」
「銀時。」

ズカズカと入ってくる銀時に誰も何も言わないけれど視線だけばっちりと彼を追いかけていた。こういう時に一番に文句を言うであろう鬼の副長は完全に潰れている。

「帰ったら部屋は真っ暗だわ、お前はいないわ、銀さん立ち尽くしたよ。あれ?いつから夢?しずくちゃんどこいった?って五分ぐらい自問自答しちゃったじゃねえか、どうしてくれんだよ。せっかく買ったケーキの生クリーム溶けたらどう責任とってくれんだコノヤロー。」
「ケーキ…?」
「あ。やべ。まぁとにかくね、お前何こんな猛獣たちの檻に平気な顔しているんだよ。そんな赤い顔しやがって。総一郎君が連絡くれなかったら誰かにお持ち帰りされてんだろコノヤロー。」
「さっきからコノヤローばかりだよ銀時。語彙力皆無だね。」
「うるせ。ほら。」

ぐいっと腕を引かれて立ち上がると後頭部に大きな手が当てられぺこりと頭を下げさせられた。

「それでは皆様、こいつを保護してくださりありがとうございましたなんて言うかバカヤロー、税金分働いて当然でした。それでは。」
「ちょっ!銀時!」
「旦那ァ〜。」

無理やり部屋を出ようとした銀時を沖田君ののんびりとした声が引き留める。ひらひらと手を振りうまくやってくだせェと告げる彼の目は据わっている。あれは明日記憶にないんだろうな。私はどうにか皆さんにお辞儀をして部屋を出た。

銀時はそのまま何も言わず私の手をぐいぐいと引いてかぶき町の通りを歩いていく。飲み屋の多い場所は賑やかだったが万事屋に近づくにつれ人の数も減り最後は私と銀時の二人だけになった。なのに、彼は何も言わない。

「銀時。」
「遅くなって悪かった。予想以上に仕事に時間かかったんだよ。色々その後よるところもあったし。」

さっきの銀時の言葉、聞き間違いじゃないならケーキって言っていた。勿論ここで喜んではいけない。お金が入ったから甘いものを買った、銀時はそれをすんなりする男である。誕生日ケーキとは言っていないのだ。

「…さっき口が滑ったけどさ。まぁお前ならわかっちゃっただろうし言っちまうけどお前明日誕生日だろ。ってそろそろ日付変わるか。」
「覚えてたの!?」

銀時が私の腕時計を見ながらぽりぽりと頭をかいて言った言葉に私は衝撃を受ける。そのリアクションが心底気に入らなかったのだろう、彼は私にでこぴんをお見舞いした。痛い。

「お前ねぇ…さすがの銀さんもここ数年祝ってりゃ覚えるわ。今年はガキ共が気利かせて家開けてくれたからビシッと誕生日祝ってやろうと思ったんだけど…まさかの本人が消えてるし。」
「だって…銀時忘れてるって思ったし寂しくなっちゃって。」
「だからってこんな時間に女一人で外ふらふらすんな。…ったく、銀さんの大人な誕生日プロデュース作戦が散ったじゃねえか。」
「まだだよ、まだ来てないよ誕生日。」
「サプライズがサプライズじゃなくなった時点で終わってんだよ。あーかっこ悪い。」
「銀時にかっこよさなんて求めてないよ大丈夫。」
「オィィィィ!何も大丈夫じゃないから!!!彼氏だろうが!求めろよそこんとこぉぉぉ!」
「だってそのままの銀時がいいもん。いつもの銀時が好きだもん。」
「おま…。」

にこりと笑ってそう告げると面白いぐらいに照れる銀時が可愛い。ああ、私だいぶ酔っぱらってるんだな、こんなことさらっと言えるなんて。
ぐいっと私の腕を掴んで真っ直ぐに銀時が見つめてくる。彼の後ろにある月が綺麗。銀時の髪がきらきらしていてまるで異国の王子様だ。…王子は言い過ぎた、撤回する。
銀時の視線は私の腕時計だ。一緒にそれを見ていると長針と短針が静かに重なった。

「誕生日おめでとさん。」
「ありがと…さん。」
「もっと感動しろ。銀さんが祝ってんぞ。」
「感動してるよ、泣いちゃうかもしれない。」
「じゃあもう一つ。」
「?」

銀時がごくりと唾を飲み込み一瞬視線を逸らした。なんだろう?まさかのプレゼント?これ以上何かあるもんならもうしずくさん崩壊しちゃうかもしれない。涙腺のほうが。

「…付き合ってくんない?」
「あれ?私達恋人じゃなかった?」
「いやぁそうじゃなくて…その…だな。」
「ん?どこに?どこに付き合うの?」
「…せい。」
「え?」
「人生。俺の。残りの。」
「…。」
「…。」
「………。」
「おい、なんか言え。恥ずかしくて消えちまいそうだろうが。」
「…。」
「もしもーし。しずくちゃーん。銀さん死んじゃう。ほんと死にそう。恋人が一世一代のプロポーズにノーリアクションで死んじゃいそう。」

私は奥歯を噛みしめて渾身の一撃(右ストレート)を銀時の腹にお見舞いした。げほっとひどい声をあげて銀時が蹲っている。知らないよバカ。何言ってんだバカ。

「お…おま…お前…いくらなんでもその返事は…。」
「銀時のバカァァァ!何で…そんな大事なこと…いきなり、何で!」
「まぁちょっと勢いだったけど。お前がどんな俺でもいいって言うから、ならこれからも付き合ってくれっかなって思っちまったんだよ!断るにしても優しくだなぁ…。」
「何で断るの!?誰が断ったの!?」
「むしろさっきのパンチで了承と伝わると思ってんのォォォ!?」
「当たり前じゃん!ほんとバカ!」
「バカって言う方がバカなんですぅー。じゃあとりあえず…。」

銀時がぎゅっと私の手を握って歩き出す。浴びるほど飲むぞーと拳を上げたその声はいつも通りなのに、耳は赤いんだから本当抜けてるよねこの人。
誕生日なんて年を取るといいもんじゃないって思っていたけれど、これからもこの人と過ごせるのなら死ぬまで誕生日は楽しい日になるんだななんて思えた。


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