鼓動
とくんとくんと心地よい音にいつの間にか眠ってしまっていたらしい。ゆっくりと瞼をあければそこは闇。一に抱き締められるようにして寝ているようだ。
布団と一の間から抜けるように顔を出せば柔らかな間接照明の明かりがベッドサイドのテーブルを照らしていた。
「いっ…!?」
時計の針が示している時刻は午前一時二十分。最後に時計を見たのは十一時半で後少し起きていなくてはと強く誓ったのに。
彼の誕生日を一番にお祝いしたいと思うのは恋人なら当然の感情ではないか。野菜の天ぷらと蕎麦を食べ、年末ならではの番組を二人ならんで見ながらも頭のなかは年を越す瞬間でいっぱいだった。
自分にとって元旦は正月気分を満喫する日でも新しい年に期待を膨らます日でもない。恋人の誕生日、ただそれだけだ。時計が零時になった時、誰よりも早くおめでとうが言いたかったのに。
テーブルに置かれた一の携帯のランプがメールがきていることを告げている。きっと友達や家族なんだろうけど…もう誰かのおめでとうを見てしまったのだろうか。
「雫…起きたのか?」
「一…ごめん。」
「何故謝る?」
私が起き上がったことによって隙間から冷気が入ったのか、一が目を覚まして体を起こした。
「だって…零時…過ぎちゃった。」
「カウントダウンでもしたかったのか?」
「ちーがーうー!誕生日!!」
「あぁ…。」
なんだそんなことかといった表情で一は私の頭を撫でた。その気持ちよさに再び目を閉じそうになるのを必死で堪える。
「まだ俺の誕生日は始まったばかりなのだが…。」
「一番におめでとうって言いたかったんだもん。」
一番におめでとうを告げ、プレゼントを渡し、シャンパンでもあけようと思っていた…と告げると一はくくっと笑いを堪えているようだった。
「まだ誰からも祝われてなどいない。」
「え?」
「俺も雫と一緒にいつの間にか寝ていたからな。あんたの鼓動は心地いい。」
「じゃあ…まだ間に合う!?」
「あぁ。だが…。」
「え?きゃっ!」
急いで祝う準備をしようとベッドから降りようとした私の腕を掴み、一は布団のなかに私を引きずり込んだ。
「プレゼントも酒も起きてからでいい。」
「え?!せっかく起きたのに!?」
「あんたから祝ってもらうまで携帯は見るつもりはない。それに…。」
ーー俺はあんたがいればそれだけで十分幸せな誕生日だ。
耳元に落ちてきた言葉に思わず涙が出そうになった。
ぎゅっと抱き締め合うと互いの鼓動が聞こえて体がじんわりと温かくなる気がする。
「はーじーめー。」
「なんだ?」
「お誕生日、おめでとう!」
そう告げると一は本当に嬉しそうに微笑んで。
私もつられて微笑んだ。
「今年も…いや、これからもずっとよろしく頼む。」
「うん。こちらこそ。」
そして、私たちはゆっくりとキスをした。