指きり

『ずっと、あんただけを愛すと誓う。ずっとだ。』
『嬉しい…一さん。』
『雫を幸せにする。』
『指きりげんまん、嘘付いたら針千本のーます…ですよ?』

その時、俺は生きてきた中で一番幸せな瞬間だと思った。
血で汚れた自分が、人並みの幸せなんて得られるわけがないと思っていたのに、彼女は俺にそれを与えてくれた。
愛の言葉など普段の自分では考えられないがその時は伝えたいと心の底から思ったのだ。後悔はしていない。指きりをしながら雫が幸せそうに微笑んだのを覚えている。

なのに俺は。
力を使いすぎたのだ。
彼女を置いて先に逝った。

俺はあの時、幸せにすることができたのだろうか。
彼女は幸せだったのだろうか。

ずっとそれだけが頭から離れなかった。


今もだ。








「…!一!!!」
「っ!?」

体を揺さぶられ目を覚ました。
ゆっくりと視線を移動するとそこにいたのは雫で「もう。」と口を尖らせて俺を見ている。
俺はいつの間にか眠っていたらしい。

「あはは。疲れちゃった?緊張したもんね。」
「すまない。寝るつもりなどなかったのだが…。」
「ううん。今日はお疲れ様。ルームサービスきたからご飯食べよ?」

普段寝ているものより一回り以上は大きいベッドから起き上がり寝室を出た。
白いテーブルの上には豪華な食事とシャンパンが置かれている。

雫が俺を座らせて自分も向かい側に座った。
シャンパンを開けようとしたのですぐにそれを止めて奪う…彼女にやらせると危険な気がしたからだ。
グラスに注ぎ乾杯をした。

「一、今日からよろしくね?」
「ああ。こちらこそ。」
「へへっ。幸せだなー。」

俺達は今日結婚式を挙げた。
大学の時に彼女と出会い、俺が一目会った瞬間に交際を申し込んだのだ。
あの時は無我夢中だったが本人は驚いたらしい。俺は…有名だったそうだ、女子達の間では。

『どうして私?斎藤君すごく人気なんだよ??』

目を丸くしていた雫の顔は今でもよく覚えている。

人の好意に気付かないほど馬鹿でもない。好いてくれる人間はある程度わかっていたが彼女に会うまではどうしても応えることができなかった。

俺は、前世の記憶とやらを持っている。
これが本当に前世なのか、証明する術はない。だから妄想だと言われても仕方ないのだ。ただ、俺の中では確実に俺の前世なのだ。
俺の前世は新選組三番組組長斎藤一、その人だった。
そして雫は俺の妻だった。

同級生として出会った俺達は前の俺達とは違う。
彼女は敬語を使わないし良い意味で遠慮もしない。きっと彼女は前世の記憶など持っていないのだろう。
そもそもそんなもの持っている人間のほうがおかしいに決まっている。

それでも、俺は彼女が良かったのだ。
見た目だけではない、中身も変わっていなかった。明るく、礼儀正しく、そして他人に優しい彼女。最初は前世の彼女に惹かれていたのかもしれないが今は違う。今の雫がいいのだ。

「俺も…幸せだ。」
「これから毎日楽しいね!!」

彼女の笑顔に心があたたかくなる。
社会人になり、それなりに収入も安定したところで結婚を申し込んだ。
彼女は泣き笑いで応じてくれた。
今度こそ、今度こそ彼女を幸せにしたいと思った。


「雫…。」
「んー?」


食事をすませ、俺達はワインで改めて乾杯をしていた。ソファに移動し並んで座っている。
雫はチョコを食べながらワインを飲んでいる。俺の呼びかけにとろんとした目で返事をした。だいぶ酔いがまわってきたのかもしれない。


「あんたに聞いてほしいことがある。」
「なーに?」


俺は初めて彼女に前世の話をした。今までは言えなかったのだ。こんな話信じられないだろうから。だけど今ならいいと思えた。

「実は…。」

俺の話を彼女は真剣に聞いてくれた。前世でも自分が俺の嫁だったということを聞いた瞬間目を丸くしていた。

「え!私前も一のお嫁さんだったの!?」
「…信じるのか?」
「だって一が冗談とか言わなそうだし…でもそれすごいね!あーあ、何で私覚えてないんだろう。」

本気で悔しそうに眉をよせている雫を見て、改めてこの人を選んで良かったと思った。こんなに自分を信じてくれる人間にそうそう出会えない。

「俺はあんたを置いて先に死んだのだ。」
「…そっか。」
「俺は幸せにすると言ったくせに何もできないまま…。」
「そうかなー?」
「?」

ワインをテーブルに置き、雫がくるりと体をこちらに向けた。

「私きっと幸せだったよ。だって好きな人と結婚したんだもん。寂しかっただろうけど幸せだったよ。」
「雫…。」
「だからさ、今度は長生きしてね。おじいちゃんおばあちゃんになってもこうやって並んでお酒飲むの!あ、お茶でもいいけど。だから…はい!」

そう言って雫は小指をこちらに差し出した。

「幸せにしてください。指きりげんまーん!!」

彼女には…前世でも指きりをしたことを告げていない。
また現世でもこうやって、俺を信じて手を差し出してくれているのか。

「…今度は嘘をついたら針でもなんでも飲んでやる。」
「今度?ってか前もあったの?」
「あんたはやっぱりあんただということがよくわかった。」
「どういうことー?」

再び絡んだ小指に雫の温もりを感じる。
今度は少しでも長く、隣に並んで歩きたい。

そう思いながら、俺は首を傾げている雫の頭を自分の胸に引き寄せて優しく抱きしめた。




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