彼氏が浮気をした。言葉に出しても文章にしてもたったそれだけの乾いた響きにしかならないのにどうしてこんなにも胸が痛いのだろうか。そして何で涙が出てくるのだろうか。
携帯をただぼんやりと見つめていたら大分時間が過ぎていたようだ。青かった空がオレンジになっていくのを視界に入れてようやく我に返る。
もう帰らなくてはと思うのに足が動かない。自分の席に座って携帯を眺めるだけの私に文句を言う人もいないだろうともう先生が回ってくるであろうギリギリの時間までここに居座ることに決めた。画面が消えては指先で触れて明かりを戻す作業を何度繰り返しただろうか。そこには彼からの謝罪の言葉が届いていて私はまだそれに返事をしていない。

いいよと言えば元に戻るのか。否、そんなことはないとわかっている。
なのに知らない、ふざけるな、別れるといった言葉を打ち出せない自分が情けないような悲しいようなただただ切ない。

本当に好きだった。だからこんなにも辛いの。だけど本当に好きだったから裏切られた今、確かに心に冷たさを感じている自分がいる。もう前のようには戻れないのだ。だったら蹴りをつけるまでなのに。

「ねえ、帰らないの?」
「!」

突然の声にびくりと肩が震えて携帯が机の上に落下した。その音が静かな教室に響き渡る。声がしたほうを見ればドアに凭れるように立っていた沖田君がいた。

「沖田君…。」
「もう先生回ってくると思うけど。」
「何でここに?」
「部活終わったところ。忘れ物があったから教室来たら一人で座ってるから正直こっちが驚いたんだけどね。」
「ごめん…。」

彼はそう言うと自分の席に戻り机に手を入れて何かを探していた。どうやらプリントを忘れていたらしい。カバンにそれをしまい再び私を見た。

「…泣いてたの?」
「目、腫れてる?」
「うん。…彼氏?」
「浮気されたんだよね。…最低。」

一歩一歩私の席に近づきながら続く会話。あっという間に隣に立たれて見上げれば表情のない目に何故か少しだけいたたまれない気持ちになった。

「ふーん。じゃあさ、雫ちゃんも浮気しよう。」
「は?」
「僕と。」
「え?」

何を言っているかわからないと顔に出ていたのか沖田君は黙って私の腕を掴み立ち上がらせた。それでも彼のほうが身長が高いから見上げる姿勢は変わらない。

「嫌だよ。それじゃこいつと一緒じゃん。」

そう言って視線を携帯に戻せばそこにはまだ彼の名前が表示された画面が映っている。沖田君は携帯を見ると素早く奪い取り何やら操作を始めた。慌てて取り返すも時すでに遅し。そこには『別れよう』の四文字が送信されていてすでに既読マークがついている。

「沖田君!?」
「そうするつもりだったでしょ?許すならさっさとそうしているだろうし。」
「それは…。」
「さっきのは忘れて。」
「え?」
「浮気じゃなくてさ。」

――本気で付き合ってよ。

耳元に落ちて来た言葉に眩暈がした。口を開けたまま黙って彼を見ていたらニヤリと口角を上げてさらに続けた。

「まぁもともと本気にさせるつもりだったけどね。よろしくね、雫ちゃん。」

さっきまでの悲しみとか、モヤモヤとかを一気に吹き飛ばしてくれた目の前の彼には感謝したいところだが、それ以上の戸惑いと悩みをもたらしてくれたことに私は何も言えずただ立ち尽くしていた。



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