その小さな手も、優しく下がる目元も、ふわりと笑う唇も。
ずっと見てきた。小さい時からずっと隣で。


「左之兄。」
「お、雫か。今日もお疲れさん。」
「へへ。今日返ってきたテスト、90点だったよー。」
「やったじゃねえか。」

わざわざ俺のバイト先まで来て嬉しそうに答案をひらひらと見せつけてくる雫の頭を撫でてやると目を細めて頭を揺らした。これは小さいころからのこいつの癖だ。
俺とこいつは親同士が親友だったのもあって小さいころからよく一緒にいた。俺が二つ年上だからいつも面倒見てやっていて、こいつも俺の後ろをひょこひょこついてきていたからカルガモの親子みたいだなんて親父に笑われていた。でももうこいつも今年で高校を卒業する。俺と同じ大学にくるみたいだ。大学までついてくるとは思っていなかったなと言うと左之兄についていくわけじゃなくて行きたい学部があるんですーと拗ねてたな。

ずっとずっと大事に見守ってきたんだ。
いつの間にか俺の心は妹じゃなくて一人の女として見るようになって、でも高校卒業するまでは見守るって決めてたんだ。こいつが大学に入ってきたら伝えようって。

ただ。
何もかもそううまくはいかねえもんだ。


「あ、斎藤君!」
「遅くなった。」

息を切らせて走ってきたのは斎藤一。雫のクラスメイトらしい。整った顔立ちに今時珍しくドがつく真面目な性格の男。雫はこいつとお付き合いを始めた。ほんの一か月前からだ。でものんきな雫のせいか、真面目な斎藤のせいか、手をつなぐのがやっとの清きお付き合いらしい。雫が報告してくるから間違いない。

そうだ、俺は大切にしすぎていきなり来たやつにさらっと奪われてしまったんだ。正直俺も誰とも付き合ったことがないとは言えない。むしろ何人か付き合っている。男の性と言えばそれまでだが雫と付き合う時に何もわからない状態ってわけにもいかないと思ったからだ。

だから雫が誰か他の奴と付き合っても仕方ないかもしれない…と思っていたのは一か月前に雫から斎藤と付き合うことになったと聞かされる直前までだ。
やっぱり無理だ。
ずっと大切に大切に思ってきたんだ。

だから俺が、奪ってやる。


「なぁ、斎藤。」
「はい?」

友達から電話だと告げて外へ出てしまった雫の後をついていこうとしていた斎藤に声をかける。俺が雫の幼馴染で保護者のような存在だと認識しているのだろう、こいつは至極丁寧な対応しかしてきたことがなかった。


「…俺もそろそろ本気を出そうと思ってるんだ。」
「本気ですか?」
「雫のこと。返してもらうわ。」
「!?」


瞠目した斎藤が何か言いかけた瞬間、


「お待たせー。…どうしたの?」
「雫…。」
「いや、雑談してただけだ。ほらほらさっさと行った行った。どうせアイスでも買い食いして帰るんだろ。」
「ちょっと左之兄。買い食いとか言い方が気に入らない!デートです!」
「へいへい。」

何も言えず動こうとしない斎藤の腕を引っ張るように雫は外へ歩き出した。振り向いて俺に手なんかふってよ。
斎藤もずっと俺を見ていた。途中から絶対に渡さないといった殺気交じりの眼差しになったのは気のせいじゃねえだろう。でもそうじゃなきゃ面白くねえよな。

さあ、どうしてやろうか。
とりあえずは、幼馴染の権限をフルに利用して一緒にいる時間を増やしてやろうとほくそ笑む。
負ける気なんてさらさらない。
お前はどんな反応をしてくれるんだろうな、雫。



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