私の殺人未遂で捕まっていた銀さんは明け方に帰ってきた。当たり前だ。だって私死んでないし銀さんが殺そうとしたわけじゃないことあの場にいた全員が知っていただろう。
おかえりと言えば銀さんは一瞬何とも言えない顔をしてただいまと言った。すぐに近づいてきて首に痕がないか確認すると謝罪された。私としては後ろから抱きしめられていたという事実に後からおいしい!と気づいたわけだがまぁ死にかけたし苦笑いをしておいた。
それからというもの、銀さんがどこかおかしい。
そわそわしているというか、何かを言うタイミングを探しているような…そんな様子が二日ほど続いている。銀さんは何を言いたいんだろう。
「凛ちゃーん。ちょっと外いかね?」
「お買い物?」
「散歩」
銀さんはそう言うと私の手首を掴んで万事屋を出た。爽やかな風が吹く江戸の町は活気があっていい。すっかり見慣れた風景を楽しみながら私は彼についていった。
途中で飲み物を買い、川沿いの土手に腰掛けると銀さんはごろりと寝ころんだ。隣に私も座り込む。
「銀さんどうしたの?」
「何が?」
「なんか最近変だよ」
「別にぃ?銀さん変じゃないしぃ?通常運転でかっこいいしぃ?」
「…怪しい」
「あー…源外のじーさんからあと少しで機械直せるって連絡きた」
「え」
こちらを見ることはなく、ただ空を見ながらそう言った銀さんに言葉が詰まる。あと少しが果たして何日かわからないけれど約束通り一か月以内に作り上げるつもりなんだろう。あと少しで、あと少しで帰らなきゃいけない…。
「そっかぁ…あと少しで」
「そう、あと少しで」
「帰れるんだね」
「帰れるな」
銀さんどうして同じ言葉を繰り返すだけなの。どうしてこっち見ないの。何を考えているの?
「私…」
――帰りたくない。
ほら、言わなきゃ。
言わなきゃダメなのに。
――帰れよ
そう言われるのが怖くて言葉が出ない。
言葉の代わりにあふれ出そうな涙をこらえるのも必死で膝に顔を埋めた。
「なぁ」
「…」
「…え、お前どうした!?」
「なんでもないです。どうぞ続けて」
「こっち向けよ」
向けません。現在進行形で涙が出ているのです。膝に顔を埋めたまま嫌だと首を左右に振ればいつの間に起き上がっていたのか銀さんは私の前に座って無理やり顔を上げさせた。
「最低だぞ〜無理やり顔を上げさせて〜」
「なんで泣いてんだよ」
「って…だって…」
「…帰りたいか?」
答えに困っていると返事をするよりも先に銀さんが俯いて呟いた。
「帰んな」
「え?」
「帰んな。ここにいろよ」
嘘だ。これは夢だ。
こんなこと、こんな…私が望んでいる通りの言葉を言ってくれるなんて。
「いてもいいの?」
「なんでダメなんだよ」
「帰れって言わない?」
「言うわけないだろーが」
「…いたい」
「いろよ」
「ここにいたい!」
縋るように泣きつけば銀さんは頭をぽんぽんと撫でてくれた。泣き止むまでそうしていてくれて私は涙が引っ込むと恥ずかしさでいっぱいになりながらも顔をあげる。
「あーひでぇ顔だな」
「帰りたい。…万事屋に」
「…だな」
私の答えに満足そうに銀さんが笑うからついキュンとしてしまう。私、ここにいてもいいんだ。…どうしよう、嬉しすぎて死ぬんじゃないの。
「どうしてここにいてもいいって言ってくれたの?」
「…お前がここにいたいなぁ〜って顔をしてたからです〜」
「そうなの?」
「でもいいのかよ。帰らなくて後悔しねえのか」
「…そうだね。しない」
するわけがないよ。大好きな人と一緒にいられて、後悔なんてするわけがない。
「本当か?」
「うん」
精一杯答えるとやっと銀さんがほっとしたような表情をした。私が帰りたいというとでも思ったのだろうか。ありえないのに。でもそっか、明確に思いを伝えてないんだもん、私が帰りたいと思っていたのかもしれない。
「じゃあ帰るか」
「うん」
銀さんの手をとり立ち上がると離れた所から聞きなれた声に呼ばれた。
「あ、沖田君」
「げ」
「ひでぇ挨拶ですね旦那。凛さんなんかあったんですかィ?その目」
泣いていたせいでひどい顔になっているんだろう。沖田君が眉をひそめて銀さんを見ている。…また冤罪で捕まる前に説明しないと。
「違うよ沖田君。これはあのー嬉しくて?」
「嬉しい?」
「…ここにいられるんです。私」
そう言うと沖田君は私と銀さんを交互に見ていた。銀さんは何故かニヤニヤしていて沖田君が蹴りを入れていた。
「…そりゃめでてぇや。良かったですね、凛さん。やっと旦那とくっついたんで?」
「え?…ええ!?」
「なんですかその反応は」
くっついた!?何言ってるのこの子!
「ぎ…銀さんは私にここに残ってもいいよって言ってくれただけで…くっつくとかそんな…銀さんは保護者みたいな気持ちで…ねぇ?銀さん」
「…」
あれ、なんで銀さんびっくりしたみたいな顔してるの。こっちがびっくりだよ。
沖田君はさっきと打って変わって悪いスマイルになる。
「へぇ…そりゃすみません。勘違いでした。そうですよねぇ、だって凛さんは俺のことちゃんと考えてくれますもんね」
「うぇ!?いや…あの…」
「ちょっと凛ちゃーん!?何で顔赤くしてんの!ってかお前保護者ってなんだ!」
「違うの?」
「違うんですかィ?旦那。じゃあなんなんです??」
「いやーだからそれはあのあれだよあれ」
「あれ?」
「…あーーーもう帰るぞ。凛!神楽と新八がそろそろ心配するだろーが」
「そうなの?」
「心配するらしいんで帰ってあげてくだせぇ凛さん。今度ゆっくりデートしやしょうね」
「デート?!」
「しません!!!」
私より先に銀さんが断ると沖田君はあんたには聞いてないと言って銀さんを軽く蹴るとそのまま去っていった。そりゃそうかお仕事中だ。
「お前あいつに誘われてホイホイついていくなよ」
「え?沖田君は気分転換に連れて行ってくれるだけだよ」
「チューされてたでしょうが!危機感持ちなさい!」
「いやーでも…からかっているだけ…ではない…のか…そうか…」
「オィィィィ何顔赤くしてんだ。改めて確認しなくていいの!凛は俺がす…」
「銀さん?」
「……なんでもないです」
くるりと踵を返してスタスタと歩き出した銀さんを慌てて追いかける。どうしたのと聞いてもなんでもねーとこっちを見てくれなかった。でも隣を歩けば自然と私の手を取ってくれたからもうそれだけで。
私、ずっとここにいたいと思える。
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