君がいる世界 | ナノ



「おーーい、かつ丼まだですかお巡りさん」
「罪を認めようとする犯人にしか与えない仕組みなんでさァ、水飲んでて下せェ」


空腹にイラつきながらもそう言えばドンっと音を立てて水の入ったペットボトルを机に置くのは総一郎君だ。向こうも凛のいないこの時間は面白くもなんともないのか調書なんてとる素振りもなくグビグビと水を飲んでいる。おーいじゃぁ釈放しろ。

正直凛が気絶しただけっていうのはこいつもわかっていただろうしわざとこの状況を作ったはずなのに一向に話す気がない。先ほどまで感じていた怒りもアクシデントにかき消され今じゃどこかくすぶった心が居場所を探しているだけだ。…詩人かよ。

「で、旦那はどうしたいんです?」
「一刻も早く帰りてぇわ。冤罪で訴えんぞコノヤロー」
「凛さんのことです」
「…早く帰してやるしかねえだろ」

そう返せば半眼でため息をつかれた。わかってんだよ、そんな答え求めてないことぐらい。

「あんた本気で言ってんのか」
「お前こそ本気であいつをここに留めるつもりかよ。逆の立場だったらお前違う世界で生きていけんのか」
「…」
「あいつにゃ家族はいねえけどよ、友達も同僚もちゃんといるんだよ。真面目にちゃんと生きてる奴だ、ちゃんとあいつの場所があって、そこできちんと幸せになれるだろうよ」

あっちの世界で穏やかに生きていたのを見ていた。短い時間だったけどそれでも毎日あいつが懸命に生きているのを見ていたんだ。それは沖田君もそうだろうが。なのに。

「元の世界に戻してやるのが一番だろ」
「それを決めんのは旦那じゃねぇでしょうよ」
「…」
「じゃあ俺が貰います」
「やんねーよ」

即答すれば丸い目をくりくりとさせてこちらを見ていた。畜生、神様は不公平だな、この性格の魂にこの見た目を与えやがって。

「ははっ。何もう自分のもんみたいに言うんでさァ」
「うるせぇ。さっき中断されたけどお前そういやあいつに何てことしやがった」
「別に何も?ほっぺにチューしただけですぜ?可愛い酔っぱらいの戯れでさァ」
「ほっぺ…」
「凛さんも別に怒ってなかったでしょ?」
「わざと見えるようにしたなコノヤロー」
「俺としては同じラインに立ちたかったんで。正々堂々戦わないとつまんねぇでしょうよ」
「…大人に勝てると思ってんのかクソガキ」
「旦那にはない若さと財力と安定感が売りなんで」

おい、完全に負けてんじゃねえか。若さはともかく財力と安定感って女子が好むワードのツートップじゃねえの。
いや、今となっちゃ大人という部分も怪しいもんだ。売り言葉に買い言葉で相手のペースにのまれちまってんだからよ。あいつのこと、帰さなきゃいけねえのにこのザマだよ。

もうとっくにいるのが当たり前なのに。

「あーもうなんなんだよ。俺ぁ何したいんだ」
「大人はメンドくせーな、うじうじ考えてばっかりで。ま、そのまま蛆虫しててくだせェよ。俺がさっさと貰うんで」
「なめんなよ、総一郎君。銀さんが本気だしゃ一発なんだよ」
「さっさともう遅ぇって振られてきてくださいよ。チューしたときの凛さん最高に可愛かったんで。あーもう勝ったかなぁ?もうこっちに落ちたかなぁ???」
「おいどんだけむかつく顔してくれてんだコノヤロー。ちっ…俺も今から…」
「了承を得ずに手だしたら殺す」
「お前どんだけ理不尽なの!?!?」


はぁとため息をついた沖田君は立ち上がる。ついに釈放かと思ったらカチャリと手錠をかけられた。え?手錠?

「とりあえず今から真面目に調書とるんで。きちんと答えてくだせぇよ」

言うだけ言って奴は部屋を出て行った。代わりに見覚えのない隊士が入ってきてじゃあ取り調べしまーすと言い出す始末。おいィィィィィ!あいつ置いていきやがったなァァァ!ガチでただの冤罪じゃねえかァァァ!!!


「旦那〜?隊長知りません?」
「おい地味ィィィ!いい加減釈放しろこら!」
「何キレてんの!?!?」


数時間後、ひょっこり顔を出した地味に怒りをぶつけつつ手錠を外してもらい解放となった。とにかく今は一刻も早く帰りたい。

「…帰るなって言ったら、何て言うんだ」

自分に向いている気持ちに気づかないほど鈍感じゃねえ。だけど100%の保証もこの世には存在しない。
散々あの手を掴まず拒んだんだ。今さらって言われても当たり前、なんなら本当に帰りたいかもしれねえ。

情けねえなぁ。

答えを聞くのが怖いなんて。

あの笑った顔をもう二度と見れねえかもしれないと思うとまるで真っ暗闇に押し込められたような感覚に陥る。舌打ちをして万事屋への道を進んだ。



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